中庸(チュウヨウ)の大事さ
当たり前っちゃ、当たり前の話だけど、、、
「1」、「2」、「3」って数字があるでしょ!
これって、例えば、『すごい』とか『速い』
とか順番を表すときには、
「1番すごい」とか言ったりして、
「1・2・3」の順で優位性を表現する
でしょ!
つまり、「3」より「2」の方が速くて、
「2」より「1」の方が速い意味で!
ところが、『多い』とか『大きい』など、
とかく量を表すときになると、
「3倍すごい」とか言ったりして、
今度は、「3・2・1」の順で優位性を
表現するようになるでしょ!
つまり、「1」より「2」の方が多くて、
「2」より「3」の方が多い意味で!
要するに、何が言いたいかと言うと、
何を基準に比較するかによって「1」と
「3」は、まったく意味合いが異なる。
すなわち、
あるときは、「1」>「3」の関係となり、
あるときは、「1」<「3」の関係となる。
しかし、
「2」はどうだろう。
「1」と「3」が、どんな関係にあろうと、
「2」は、「2」のままだ。
二元論が、完全になれない理由は、「2」の
存在を見落としているからではなかろうか。
すなわち、『中庸(チュウヨウ)』の世界が、忘れ
さられていることに、現代の様々な問題の
根底があるのでは?!
何事も、「普通」こそが立派!
そんなことを、ふと思った。
【中庸】(チュウヨウ)※1
① かたよらず常にかわらないこと。
② 尋常(ジンジョウ)の人。凡庸(ボンヨウ)。
③ アリストテレスの徳論の中心概念。過大
と過小との両極の正しい中間を知見によって
定めることで、その結果、徳として卓越する。
例えば、勇気は怯懦(キョウダ)と粗暴(ソボウ)との
中間であり、かつ質的に異なった徳の次元に
達する。
【尋常】(ジンジョウ)※2
① 普通。通常。よのつね。なみ。あたりまえ。
② すなおなこと。殊勝(シュショウ)なこと。
③ 目立たないで品格のよいこと。
おとなしいこと。きゃしゃ。
④ 立派なこと。すぐれたこと。
【凡庸】(ボンヨウ)※3
すぐれたところのないこと。なみなみ。
平凡。また、その人。凡人。
【怯懦】(キョウダ)※4
臆病で意志の弱いこと。
【粗暴】(ソボウ)※5
性質や挙動のあらあらしいこと。
【殊勝】(シュショウ)※6
① ことにすぐれていること。最勝。
② (神社・仏閣や説教などに)心をうたれること。
敬虔(ケイケン)な気持ちになること。
③ けなげなさま。感心なこと。神妙。
【敬虔】(ケイケン)※7
うやまいつつしむこと。特に神仏に
帰依(キエ)して、つつしみ支えること。
(※1~7引用:広辞苑第5版 岩波書店)