漢字
『漢字を捨てる必要もある』
そんな、
目を疑いたくなるような記事に出会った。
(参考:引用全て朝日新聞2/4朝刊「漢字とつきあう」)
なになに・・・
日本語では、例えば、『たまご』と言う文字でも
「卵・玉子・たまご・タマゴ」と様々な書き方
が存在する。
その為、、、
早稲田大大学院の野村雅昭教授(67)曰く、
『「漢字は無くなる方向ではないか」と見る。
たくさんの漢字を抱えたままでは、情報処理の
負荷が大きい。英語などに太刀打ちできない。
「日本語を残すためには、漢字を捨てる必要も
ある。まず平仮名で意味が分かるものは平仮名で
書くことです」』
だそうだ。
これに対して、、、
京都精華大学の石川九楊教授(62)曰く、
『「情けない時代になったもんです。漢字の論議が
文化的必要からでなく情報機器などの商品先行で
進められる、現代の怪談だ」』
と、コメントしてた。
情報か文化か、その必要性に賛否を問う
記事は、自分の心に深く突き刺さった。
いったい、『母国語』って何なんだ!
と、改めて、そう思った。
気になったので、
早速、『母国語』の意味を調べてみると、、、
【母語】ぼご
幼児に母親などから自然な状態で習得する言語。
第1言語。母国語というと国家意識が加わる。
(参考:広辞苑第5版 岩波書店)
と書いてあった。
これを、そのまま直解するなら・・・
血でも人種でも系統でもなく、どの言葉を
母国語にするかによってのみ、自分が属する
祖国を証明できる。
そうすると、
日本で生まれ育ちながら、英語で育てられれば、
英語圏のどこかの国の人になってしまう。
その逆で、どの国で生まれようが、日本語を
母国語のように喋れるならば、どこの誰でも
日本人となる。
うん。自分は、それで良いと思う。
だけど、言葉を情報処理の為だけに、
日本語を簡素化することだけは、Noだ!
この多彩で豊かな表現が許された、そんな
日本文化に溶け込んだ母国語の存在を、
世界コミュニケーションの為だけに、犠牲
にするのは、もったいない!
是非、いつまでも、みんなで多彩な表現を
持つ母国語を、守り抜いてほしい!
その為にも、自分自身、今一度、
襟を正して、日本語を愛さねばならない。
そう、強く思った!
『・・・』
と、書きつつも、心の奥底から・・・
『しゃべり言葉と、絵文字だけは許して(><)』
と、、、
言った端から、日本語を乱している張本人である
ことに気付き、冷や汗もののオチとなってしまった。
すっ、すいません。。。 チャン・チャン♪