曇天の葬式と共に記憶障害にかかり、その言葉を忘れないために・・・。
今から数年前、とある恩師の残した言葉と思い出である。
私は幼少時の頃、家の恩師は頑固者であった。
どういう訳は昔の私には直感力のおかげで色々な人の力量が分かる人間だった。
なので、自分の家族には全くの興味を示すこともない。その理由には権力や価値を重視した様なそんな集いだったからである。いわばバブルの人なのだろうと心の中では思っていた。
その影響を受けたのか、当時の私には金が全てだと思い込んでいた。
全てはお金でしか動かない事を3歳以下から何度も見てきたのもある。目の前に何百万も積まれて、これでどうでしょうという面談には何故か私が物陰で、親の横で、また恩師の横にいたようなものである。
あぁ、人は生きるのにお金がいる。
後はそれを手に入れるための名誉―――それ以外は後で付いてくると思っていた。
実際欲しいものは金で買う。
ロボットだって欲しいといえばもらえるし、最新のものは全て同学年の子供がいる前で満足げに買った。周りでどう恨んだり、憎まれてようがそれを楽しんでみたのが当時の私である。なんとも傲慢で、貪欲でつまらない人間だったのかと今は思う。友達もできない。それも今は分かる。でも、一応話せる異性話はやっぱりあるものだ。それは後にするとして、利益がなければ親も使えない。
そんな人間以外は切り捨てようとした時に、ちょうど目の前にその人はいた。
その人は一代で人間国宝に近い存在になった人だった。
私が唯一尊敬できる初めての人間である。勿論この当時は物欲を叶えてくれるという意味合いが強かった。
なんでもいう事の聞く存在ほど使いやすいものはないと。
そんな中、私はその家の空間が全く違うということに気づいた。
人間国宝の話を断ったのである。しかも三度。
家族は受けたほうがいいという判断だったのだが、その理由の1つに資金提供があるということ。
それは年間数百万の支給。生活もさらに楽になるそんな話だった。
私は、その話を聞いたあとその人に話をした。
なんで断ったのか理解が出来なかった。
お金が入る。名誉。それを蹴飛ばすのはいささか理解が出来なかった。
これに私は反論する。特にお金にはそんなものは自己責任でしかないと。
確かにそうだ。自己責任だ。今まで地位を気づかずに楽を決め込み、逃げたからだ。
正社員も社畜ではあるが、将来を見据えた判断としては正しい。病弱は甘え、いっそ安楽死を希望すればいいといったこともある。自然淘汰すべきものをなぜ救うのか。理解に苦しんだ。それは幼稚園児には難しい質問だ。金を手放すのは自殺行為とも思える。
・・・しかしその返答はなかった。自分で考えたほうがいいという事だったとも取れた。
名誉は確かに必要だ。
じゃないと誰も振り向かないし、興味を示さない。
でも、何故かこの家族たちは楽しそうだった。名誉はない。ただのしがない個人業。
お金はあるかもしれない。そう見せてたことも気づいていた。
「見えないものがそこにあるだろう?」
そう、結論は自分のプライド・信念がその時にはなかったのだ。
特に名誉を手放した理由。それは、1人の力でやっていくものではないという心がその目に現れていた。そのリーダーが受けるのは名誉ではなく友としての答えで十分だった。
なんせ、ゴールは人それぞれ違う。
お金の終着点はあまりにも乏しい。物欲の為の道具だ。死ぬときには持っていけない。
でも、職は。作ったものは自分を裏切らない。それを少しばかり感じたことがあった。
断る理由は多くあったのだろう。汚い金。次世代。・・・名誉のゴール。
血税でもらっても全くの嬉しさもない。そのお金を他の苦しんでる人たちに使ってくれ。
次世代にもし私が亡くなった後に再興する人が現れたらその時の笑いものにされることを避けた。
名誉のために研究をしてるわけじゃない。
考え抜いたあとに恩師はちゃんと教えてくれた。
それから私はその恩師にずっと横につくようにしたのである。
その同時に私は職人は無理だと思った。その感情も理解できない。後の会話に受けておけばよかったという言葉もいうこともあるがあんな薄っぺらい言葉をみんな信じていた。その横でじっと見て、聞いた自分になら言えることがあると。芸術を商売と思うな。この言葉に未だに反論ができない。
後に思い知ることが出来た。
絶対に買えないものはこの世で2つある・・・と。