最近気になった内容。
ネット民の言葉にはまったく持ってこの世間には影響がないということ。
炎上騒ぎで盛り上がったとしてもあんまり経済としては動かない。
それはなぜかといえば、そんなネット民の一人なのかもしれない人間が言えるとすればそんな愚痴を言ってる間に変革を起こそうとするほうが早いからだ。
どこかの服の企業が、さっと年収100万という数字を出した。
この数字はワーキングプアの半分だ。
働けない人にはこの程度でいいという発言は多人数の言葉の反感を買った。
しかし、まったく持ってその言葉は意味はない。
使う人は使うし、経済はそんな国民など相手にはしない。
ネット民と言われている人は自分の首を絞めるように自分自身の言葉の価値を低減させているためである。歴史的な自称に対しては、記録的に永劫に残る産物であるが、今動いているものに対して全くの意味はない。
株であれば、その数秒に動いている。
服屋であればその間に従業員が働き、下手したらこき使われ、気づかないうちに甘い汁を数吸う人がうじゃうじゃいて、この様に愚痴を垂れる自分もいる。
そう言う意味では英語の現在進行形のように動く社会をネットは確実に受け止めきれない。
それを知って動こうとするのだから余計にタチが悪いのではないかという推論である。
嫌韓問題であれ、どう動こうがネット民には関係がない。
たかが同意を得たいだけの烏合の集まりなだけ。
統一性がなく、実に音痴な人の集いである。なので、今働ける人には尊敬の念を送りたい。
私には今できないその行動を起こそうとしている。
が、ネットはその価値が逆の方向に向かっている。
経済は回ればいいのだ。
その以外に知恵をつけた人間はそのせいで命を投げ出す。
こう、回せるはずの歯車を回さない。愚痴をこぼすことに価値があるように仕向けなければならない。それ相応の知識を持って、新聞に悪名と言われないくらいのせいぜい少量の言葉の価値をネット外の人に影響させることを起こすのである。それを今炎上という形で起こし、一種の名声を得ることができる。
他人が馬鹿だと言おうが、その時点で価値は自己完結できたのである。
ネットで得る知識は偏向的で狭い。
何が正しいかを見据えるなら、自分で今現在進行形で動くべきである。
故に私は今ベッドでのんびり進行形でゆっくりするのだ。
寝る方が考えなくていい、と。