実はソーシャルってポチポチゲーとか言われているが、実際普通のゲームも同じようなものなのである。
いわゆる経験値稼ぎをするという時間に人は働かないといけないという不満から金で時間を買えるというのはごく一般的な思考という考えもあると思う。
いわゆる今の社会の人はよりよくたくさんの人にというより富豪層(クジ・株・FX等)の人から見れば3000円とか10000円とかでも普通の金額にしか感じてはいない。元々資金においての器が確保されていない為に、資金の額の考え方が波状しているためである。(気を悪くしたらすいません)
お金より大切なものは時間という何とも皮肉な結果を生み出しているにも関わらず、実は富豪層にもそれが進出しているのは驚きである。やってない人が多そうなのだが。
勿論ソーシャルがいろんな意味を含めてどうかと言われればNO。
社会的なという意味を含んでいるという事を除けば、ソーシャルゲーが面白いのではなくただ簡略的に遊べてしまいたいという思考が生まれたのが間違いである。終いには外で遊ぶのも部屋で動いたからOKと言った答えが帰ってくるに違いない。
つまりはソーシャルの次の世代は簡略的に遊べるゲームとしての進化であろうか。
課金課金という人は思い出して欲しいのだが、PS3でもあるダウンロードコンテンツという存在はソーシャル。社会的な、グローバルなゲームとして成り上がったしまったが故の功罪である。前述したソーシャルというのがNOというのはその前例である。いわば、ネットさえ見れば攻略できるという単純思考になれた人達がソーシャルを好きになるのは正しいと私は思うのである。
本題に入るとソーシャルゲーの進化は今出ているようにパズル・ノベライズ・アクション・簡略化したRPG。
いろいろあるのだが、パズルとソーシャルの相性は兼ねていいと言える。
ボタンを押すという事に対して一定のアクションしか起きない、思考時間を与えている。
この面ではとても遊びやすいとも言える。
いえばガラケーのマイメニュー登録に若干似ているサイトが多かったのである。
ノベルゲーもそのとおり。なんでも実はソーシャルゲーにできるのである。
例えば、経験値という部分をカードとしてたとえている点を多少変えて
物を捕まえることに特化する 魚釣りゲーム等のアクション付加
能力を追加し、サバイバル等での楽しみを増やす 普通のソーシャルゲー。
後無いのは、育成に特化したソーシャルゲームである。
これはスマホの持っている人口が増えれば出てくると考えられる。
RPGで言えば、PSPが限界な所。簡略的でなければライトユーザーの加入は無い。
他は、ハードとソーシャルゲーが合体した形態が無い。
最終的に言えば、昔のようなゲームの楽しみ方は無くなったのは間違いないと言えるであろう。
映像に特化したゲームの末路はただのソーシャルと変わりがないのである。
いわば不気味の谷に近い反比例の単純思考の谷であろうか。
映像が特化していても、ただの繰り返す単純作業であっても特価したらただの暇つぶしの道具であると自分に問いかけてしまう作品が増えたと最近思い、ひたすら愚痴をこぼす日々なのである。