ある事象に対する受け止め方は十人十色である。これは、ある男が見た一つの世界、一つの真実の物語である。
いよいよ、最終回である。1月に辞める予定だと、産業医に告げていたが、3月末の任期満了まで仕事をした。なぜか。ブログを書くことにしたからだ。
ブログにこんな赤裸々なことを書いていいのか。あなたは、M区役所で長く勤め、それなりに良いこともあったであろう。あなたには、信義があるのかという意見も出よう。
私は、もう1年、パートタイムで勤務可能であったが放棄した。もう1年勤務して、このようなブログを書くのはどうかと思い、1年を残して隠居することにした。1年勤務すると、250万円プラス雇用保険期間が5年以上にあるので、申請するとプラス20万円として、逸失利益を270万円だ。270万円を放棄してそれと引き換えにブログを書いた。これが私の信義だ。文句あるかと言いたい。それならば、あなたの信義というものを金銭に見積もると270万円なのかと問われるだろう。そうだ、と答える。
さて、仮に、ボーナス査定を1回B査定にしても、私の給与水準が低いので、プラス1万未満(8千円程度)。8年間で16回ボーナスがあるから、1回でもB査定にしてくれていたら、書かなかったよ。B以上の査定が全体の3割、残りの7割がC査定という支給規準でいえば、8年16回もC査定はないだろう。
M区役所は、職員を「人財」と「塵材」に区分けするのか。「塵材」は、使うだけ使い、評価は低評価。人間の尊厳に関わる。こちらが黙っていればいい気になって。小馬鹿にし過ぎだ。私は、アンクルトムズケビンのような労働はしたいと思わない。ディーセントワークの基盤の上にエンゲージメントを乗せるのはよいが、人間らしい働き方を追究することなしに組織への愛着を高めよなんて、奴隷労働推進のようなものだ。
財務更改では、新システムに合わせた運用ではなく、従来の運用をとにかく継続した方が安心だということで、変化なし。仕事が増えるのは、審査係の職員だけ。なんで、簡素化を考えないないのか。屋上屋が好きなのか。残るのは、備品の規準を2万円から10万円にしたことだけではないか。
待てよ、私が辞めたので、財務更改の失敗部分は、全て私の責任にされるかも。いなくなった職員の責任にして保身を図るのが得意(組織文化)であるM区職員。このようなリスク管理上、私が何を考え、何を選択したかを残す必要がある。それが、このブログなのだ。現役時代も私が言っていないことも言ったことにされたこともある。文書係絡みのことは既に述べた。研修関係では、研修担当から「来年度は実施不要です。」と言われたので、「はい、わかりました。」と回答したのに、「私が、『研修はやらない』と言った。」とされた。完全にすり替えだ。そんなことがいつ起きてもおかしくないM区役所。記載内容については、出来るだけ「アサーシブ」を心掛けるつもりであったが、うまくいかないね。
とにかく、新しい方法を提案すると、いままでのやり方を否定するのかという反論も出てくる。外部環境が変われば、それに合わせて変化が必要。パラダイムシフトも必要なのだが、これよりもノスタルジーが勝利してしまう。
大変、疲れました。財務更改に関わった約3年の月日は何だったのかと。
行く川の水は絶えずして、しかし元の水と同じ。
時はうつり、季節は変わり、風は流れても、その発想(気風)は変わらなかった。
時の経過とともに、草は枯れ、花はしぼむ、しかし、その組織文化は永に残る。
2025年3月31日 任期満了。 その後、M区役所はどうなったか、私は知らない。
M区役所追い出し部屋日誌。これにて、完結。 大団円では、ないよ。