気付くと俺は字を目で追うだけになっていた。その2ページ前に紐をはさみ、立ち上がって玄関先へ向かう。換気扇の下で煙草に火をつけ、煙を吐き出すと彼女が起きてきた。
「起こした?」
「別に。トイレに行きたくなっただけ。」
「そうか。」
そのときふと火災報知器の設置が義務付けられたことを思い出した。この部屋にもつけに来る、と大家が言っていた。現代は室内で煙草を吸うことすら制限される時代らしい。
トイレから出てきた彼女は眠そうな顔を隠そうともせず近づいてきた。
「受動喫煙は嫌じゃなかったのか。」
「能動喫煙よりはマシ。」
「そうだ、人間って生来から固有の権利を持ってるんだ。君も人間だろ。だから存在してるだけで尊厳があるんだ。」尊厳があるって何だ?
「ふーん。」
「だから…うちに帰ったらどうだい。お父さんもお母さんも心配してるぞ。」
「それじゃあ、原始人はどうだったの?」
「はあ?」
「ソンゲンがあったの?」
「そりゃあ…当時は人権思想なんてなかっただろうし、誰もそんなこと考えてなかったんじゃないかな。」
「それなら私も原始人に悪いからソンゲン要らない。」
「要る要らないの問題じゃなく、人間はみんな尊厳があるんだって。」だから尊厳って何だ?
「私は帰らないよ。だって誰にも認めてもらえないから。」
「いいけど、俺にだって自由に生活する権利があるんだ。人の権利を侵害する権利なんて認められない。そうだろ。だいたい、認められないってそんな抽象的なことで居座ってもらっちゃ困る。」
「抽象的?私の目にはわかるよ。私のことダメなやつとか、居ても居なくても同じだとか思ってる人の後ろには黒い影が見えるの。」
「面白い。じゃあ俺の後ろはどうなってる?」
「コンタクト外したから見えない。」
呆れかえった俺は彼女をベッドに戻してから、ほとんど燃え切った煙草に口をつけた。原始人の人権…か。不可遡及の原則は憲法にも用いられるのだろうが、確かに現代は捨てたもんじゃないかもしれない。
部屋に戻り教科書を見ると紐が外されていた。再び呆れかえった俺は教科書を鞄にしまい、ベッドに横になる。目に入った彼女の寝顔が気のせいか少し寂しそうに見えて、俺はまた尊厳の意味について軽く考えながら眠りについた。
「起こした?」
「別に。トイレに行きたくなっただけ。」
「そうか。」
そのときふと火災報知器の設置が義務付けられたことを思い出した。この部屋にもつけに来る、と大家が言っていた。現代は室内で煙草を吸うことすら制限される時代らしい。
トイレから出てきた彼女は眠そうな顔を隠そうともせず近づいてきた。
「受動喫煙は嫌じゃなかったのか。」
「能動喫煙よりはマシ。」
「そうだ、人間って生来から固有の権利を持ってるんだ。君も人間だろ。だから存在してるだけで尊厳があるんだ。」尊厳があるって何だ?
「ふーん。」
「だから…うちに帰ったらどうだい。お父さんもお母さんも心配してるぞ。」
「それじゃあ、原始人はどうだったの?」
「はあ?」
「ソンゲンがあったの?」
「そりゃあ…当時は人権思想なんてなかっただろうし、誰もそんなこと考えてなかったんじゃないかな。」
「それなら私も原始人に悪いからソンゲン要らない。」
「要る要らないの問題じゃなく、人間はみんな尊厳があるんだって。」だから尊厳って何だ?
「私は帰らないよ。だって誰にも認めてもらえないから。」
「いいけど、俺にだって自由に生活する権利があるんだ。人の権利を侵害する権利なんて認められない。そうだろ。だいたい、認められないってそんな抽象的なことで居座ってもらっちゃ困る。」
「抽象的?私の目にはわかるよ。私のことダメなやつとか、居ても居なくても同じだとか思ってる人の後ろには黒い影が見えるの。」
「面白い。じゃあ俺の後ろはどうなってる?」
「コンタクト外したから見えない。」
呆れかえった俺は彼女をベッドに戻してから、ほとんど燃え切った煙草に口をつけた。原始人の人権…か。不可遡及の原則は憲法にも用いられるのだろうが、確かに現代は捨てたもんじゃないかもしれない。
部屋に戻り教科書を見ると紐が外されていた。再び呆れかえった俺は教科書を鞄にしまい、ベッドに横になる。目に入った彼女の寝顔が気のせいか少し寂しそうに見えて、俺はまた尊厳の意味について軽く考えながら眠りについた。