皆さんお久しぶりです。

 

 薬を飲むのをやめてだいぶたつのですが、いまだに頭の回転が悪く....

 ブログを書こうとしても、何を書いていいのかわからずただ画面の前で呆然としてしまうこの頃です。。。

 

 

 人生うまくいかないことが多く。

 特に私は、すうじが苦手で、まぁどうにかなるだろうを繰り返した結果、言うほど額は大きくないですが、借金をしてしまっています。。

 

 仕事は敏感な特性故に、環境上の問題で仕事はなかなか続けられず...

 彼との結婚も迫っているので、その前には全額返済したいと思っています。

 

 ただ生活をするだけであれば、手取り15万でも一ヶ月暮らすだけならなんとかなりますが、

 借金返済のためには少なくても手取り20万は欲しいところです。

 お金の使い方がわるいのか、何回計算しても、手取り30万くらいないと新しい服や化粧品を買ったり、貯金したり、

 返済したり、病院に行ったりができないんですよねぇ...

 

 世の中の皆さん、やりくりはいったいどうしてるのでしょう....切実に....

 いや、実際は、削れるところは削って、頑張っているのだと思いますが....。

 

 雇われるのも、個人事業主として働くのもどちらもメリットはあるのですが、やはり個人事業主のほうがメリットは大きいと感じており、生涯働くならやはり事業を行いたいなと思ってしまいます。

 

 ただ、事業を起こすとなると、多大なる責任が伴います。。。

 この責任が非常に重く、結果つぶれてしまいそうなのが怖いですよねぇ。

 

 よく、1人でやろうとするな、周りの人間に頼れ!とはいいますが、

 社長・代表である以上、会社の経営すべてを把握してる必要があると思っています。

 どういうことかというと、経理、労務、事業、すべての知識があり、だれかに任せきりにしてはいけないと思っている。ということです。

 ある程度会社が大きくなれば、専門の部署に丸投げをし、報告だけで済むかと思いますが、会社が小さいうちは、1人に任せきりにすると、その人がいなくなった時に、私自身が大変困ると思うからです笑

 

 なので、私は今、自分の知らない、得意ではない分野での新しいことをする勇気がありません。

 

 特に私は、専門学校を出たわけでもなければ、大学を出たわけでもなく、特別何かの知識があるわけでもなければ、

 なにか特別な才能や、スキルがあるわけでもありません。

 

 本来なら、おとなしく、バイトなり、低賃金でせっせこできることをやるべきなんでしょうけど...

 

 今日まで自由に生きてきた私です。

 いまさらおとなしく箱に入って、言われるがままの仕事をして~なんてできるわけがありません。

 

 かといって、スキルも知識もなんにも持ち合わせてないのにどうやって....?とは自分でも思います。

 

 ですが、それは常識と、周りにどう思われるかを考えるから難しく思えるのです。

 本来、人生は自分のためにあり、周りに迷惑をかけていなければ、もっと自由にやりたいことをやってもいいはずなのです。

 

 スキルとか能力とか関係なくて。

 もちろん失敗例や成功例を参考にするのも大事です。

 でも、失敗例から、どこを改良すればいいのかを突き止めることによって成功につながることもあります。

 

 もちろん普通と違う道を行くということは、周りからはさんざん否定されることでしょう。

 でも否定されるのが怖くてなにかをするのをやめるのは、あまりにももったいないです。

 

 この短い人生、何を成し遂げるのか。

 いや、何も成し遂げなくてもいい。この世の本当の成功は、死んだときにやり切ったと思えることだと思う。

 そうなるために、もっと試行錯誤をしようと思う。

 

 

 いろんな会社で働いてきて思ったことがある。

 マルチタスク楽しい!!

 

 でも、飲食店で働いてみたら、大好きなはずのマルチタスクなのに、頭の処理が追い付かない。

 それどころか、優先順位がうまく組み立てられず、パニックになってしまう。

 

 この差はなんだろうと思った。

 

 マルチタスクを得意とすら思っていたのに、なぜかパニックになる。

 

 理由は、マルチタスクにも3つあるからだと思った。

 

 

 1つ目は超短期型マルチタスク。

 飲食店がまさにそれで、1つのタスクは短時間でおわるが、量が膨大で、基本的には順序をすべて頭の中で考える必要がある。

 カウンターとキッチンの業務がわかれていないような、ワンオペのチェーンなんかでは更に難易度があがる。

 

 ・お冷を出す

 ・オーダーをとる

 ・調理する

 ・提供する

 ・会計をする

 ・テーブルを片付ける

 ・お皿を洗う

 ・仕込みをする

 

 お客さん一人くらいなら大体がこの順番だと思う。

 お客さんが1人きて、かえって、また来て、ならそれほど慌てずにこれらをこなせるだろう。

 しかし、実際は、ひとり来たと思ったら2-3組くるから、それぞれのタイミングがかぶる。

 そして、お客さん一人ならそのタスク通りだが、まばらに来るので微妙にそれぞれのタイミングがずれる。

 料理を提供している一方で、次のお客さんは会計待ちで、また新しく人が入ってきたから、お冷を出さないといけないなと思ってるのもつかの間、オーダーが入る。

 急いでお冷を出しおえたら、会計を終えたお客さんのテーブルを片付けて、料理を作って、、、る間に、またお客さんが来たから、またお冷を出して、お皿がたまったから、洗わないと、でも、料理も提供しないと。のようにてんやわんやする。

 飲食業に従事する人の日常だし、ADHDでも慣れちゃえばどうってこともない人多い。

 でも、慣れるまでには結構苦痛な時間が続く。

 

 

 2つ目は、短期型マルチタスク。

 こちらは主に事務が多い。

 当日中にやらないといけないが、ある程度自分で裁量をもって行える仕事だ。

 突発的な電話や頼み事があれど、時間や納期が決まっているので、優先順位をそのまま書き出して、1日の予定を組み立てられる。突発的な仕事やトラブルが入ることはあれども、自分の裁量で何とかなるため、比較的自由が利く。

 

 

 

 3つ目は、長期型マルチタスク。

 こちらは2つ目と似ているが、主業務が当日ではなく、1週間や1ヶ月など比較的スパンがながいものだ。

 経理事務などがこれに当てはまると思う。

 比較的見通しを付けやすく、期限に対して前もって準備をしておくことができるため、1日の予定が崩れても比較的立て直しがしやすい。

 

 

 わたしがマルチタスクを得意だと思っていたのは実は短期型マルチタスク~長期型マルチタスクであり、超短期型マルチタスクではないことを自身の体験から学んだ。

 

 事務の面接の際にマルチタスクは得意かと聞かれることがあるが、なんとも曖昧な質問だなと思う。

 今回紹介したようにマルチタスクといっても、いろいろなタイプがあるため、一概にはなかなか答えにくい。

 (いや、、もちろんどんなマルチタスクなのかを聞けばいい話なのかもしれないが。)

 でも、これは就活中の人にだけではなく、採用担当の人も知っておくべき事例だと思う。

 ただ、マルチタスクが得意かどうか抽象的に聞くのではなく、上記のような、とまではいかなくても多少の補助情報を付け加えるだけでミスマッチはだいぶ減ると思う。

 個人的にはマルチタスクという面だけを見るのであれば、超短期型マルチタスクができるならなんでもできるように思えてしまう。

 (飲食店で働く人は動くのが好きな人が多いので、そういう意味では事務でじっとしてるのは苦手な印象はある。)

 

 たくさん面接を受けてきた中で、抽象的な質問や言葉を使う人が多いように感じる。

 それは意図せずともADHDを落とせる仕組みにもなっているのかもしれないが、一般的にミスマッチが起きるのはまさに、抽象的すぎてイメージがつきにくいせいだと思う。

 採用業界はまだまだ伸びしろがあるように思う。

 

 

 

 すでに何回かブログで発信したことがあるし、きっとこれからも何度も同じことを言うかもしれないけど、

 もう一度改めて言う。

 

 彼と一緒になりたいと思った理由。

 

 

 私のコンプレックスは人と違うことだ。

 十人十色だから、みんな違って当たり前。

 

 そうは言うけれども、暗黙の空気感とか、一回教えれば普通はわかるとか、そもそも普通なら、

 「生活」自体が普通な物であり、

 朝起きて、学校や会社に行って、帰ってきて、ご飯食べて、お風呂に入って寝る。

 これが一般的である。

 

 私はそれが出来なかった。

 

 学校に行きたくない子は、バイトを頑張れたり、何か夢があったり、バンドとか、ゲームとか、何かものすごく打ち込める

 ものがあったりする。

 

 私には本当に何もない。

 学校は不登校だったし、何か家事ができるのかと言われたら、そういうわけでもない。

 片付けも炊事も苦手で、本当に取柄がなさすぎる。

 

 コミュニケーションをとるのも苦手で。

 多分、2チャンネル系の人たちとならまぁまぁ仲良くできたのかな。

 まだガラケーや、携帯でのブログが主流だった時代に、私はパソコンでチャットをしていた。

 どこの誰なのかもわからないけれども、会話ができるのが嬉しくて楽しかった。

 荒らしがいたり、出会い厨がいたり、無料でみんなでわちゃわちゃできる空間が好きだった。

 今、チャットアプリをスマホで探そうもんなら、いかがわしいものや、1:1で話すようなものばかり。

 初対面なんだから敬語で話せとか、ネットリテラシーがなんだとかがで時代を感じる。

 

 話が少しそれたが、昔のチャットのような空間がなくなり、行き場を失った。

 

 仕事をしてみても、いけなくなってすぐにやめてしまう。

 

 些細なことすらできない自分に嫌気がさして、自分の事が信用できなくなった。

 

 

 結婚したかったけど、何もできない役立たず。

 まぁ役立たずって言葉は母の彼氏によく言われてたんだけどね。

 

 発達障害に気づいたのが最近っていうだけで、昔からその特性はあった。

 不注意、物忘れが激しく、母の彼氏によく叩かれた。

 

 いけないことをして叩くのはわかる。

 

 でも、たとえ発達障害でなかったとしても、不注意や、物忘れに関してはいくら罰しても治らないと思う。

 ...なんてことをいうもんなら追加で叩かれるから、にらみながら黙ってる。

 

 わざとじゃないなら何でもしていいわけじゃない。

 でも、故意じゃないことで怒られても正直どうしようもできない。

 今思えば、あの時はただ手を差し伸べて、解決方法を一緒に探してほしかっただけだった。

 

 でも、素行が悪い、怠惰だと言われて叩かれる。

 小学校4-5年生くらいの時のある土曜日。珍しく何も言われなかった。

 しかし、母が帰ってきてからぼろくそに告げ口をされた。

 言わなかったらお昼ご飯も作らないし、家事もしないし、なんにもしない。と。

 小4の時には、真夏の暑い室内で自分のではあったが衣装ケース2つ分くらいの自分の服をアイロンがけするように言われた。

 おなかはすくし、何より暑くて頭がクラクラする。

 なんでかわからないけど、とりあえず怒られてて。終わるまでごはん抜きだしそこから動くなって言われたけど、脱水で本当に死ぬかと思った。

 

 彼は正義を振りかざす人で、すべてにおいて正しいか正しくないか。それに加えて、自分が言ってるから正しい。

 みたいな人だった。決まり文句は、何か間違ったこと言ってる!?

 だった。

 

 もともと特性で大変なのに、さらに状況を悪化させたのが彼と母だと思う。

 別に両者とも責める気はない。

 たまたま相性が悪かっただけだと思ってる。

 それでも、少なからず、私の人生に影響を及ぼしたことは間違いない。

 

 多分、関わってきたのは小2-小6まで。たったの5年間だけだったけれども、本当に苦しくてつらかった。

 あと少しだけ辛抱して、大人になれば一人暮らしでも何でもして好きなことが自由にできる。

 ただそれだけが生きがいだった。

 

 でも、大きくなるにつれて、同級生は空気というものが読めるようになっていき、だんだんとみんなとはなんだか差を感じるようになった。

 きっと、自分の性格上、もっとポジティブな言葉を子供のころにかけてもらえてたら、そんな違いなんて今ほど気にしなかった。

 でも、罵倒されて育ったから、どうしても他人と比較をしてしまう。

 

 そんな風におびえて暮らしていた。

 自分のことを大切にせず、ただなんとなく何の希望もなく生きていた。

 

 

 そんな矢先、出会ったのが彼だ。

 彼とは少し年が離れていたが、みんなとは何かが違った。

 初めて会った時から、いや、会う前から興味はあったが、会ってみるととても繊細な人だった。

 繊細という言葉の使い方があっているかどうか微妙だが...

 なんというか、雰囲気というか、空気というか、私の事をよく見てくれていて、些細な変化にも気づく人。

 些細なことに気づいてくれるし、気遣いがすごいし、紳士的で。

 そんなところがかっこよかった。

 

 みんなとは少し違う彼の事や、とてつもない親切心が大好きで、猛アタックの末出会って3ヶ月少し過ぎたくらいで付き合ってくれた。

 一緒に居ればいるほど、未来を共にしたいと思うようになった。

 でも、やっぱり、何にもできないことがネックだった。

 

 ただ、彼は私のすべてを知ったうえで付き合ってくれた。

 そして、言ってくれる。

 できることをすればいいんだよ。

 君はそのままでいいんだよ。

 たとえ何かが出来ても、出来なくても、そのままの君が好きだし、変わることはないよ。って。

 

 いやーーーー

 もう惚れるでしょw

 

 働けないのがネックで別れたこともあったし、自分に自信がないし、子供のしつけだと思って罵倒されてきた身からしたら、そういってくれたことが本当に身に沁みた。

 惚れたとか嬉しかったとか、そんなレベルじゃない。

 存在を肯定された。存在を認められた。存在価値があるって言ってくれた。

 そんなレベル。

 

 本当に心から嬉しくて、安心感があった。

 

 これが、結婚したいと思った一番の決め手だった。

 

 普通の暮らしをしてきた人とかみんながこれを見てどう思うのかわからないけど、でも、人生でそのままでいい。って言ってくれる人はそうそういない。と思う。

 

 私にとっては協力関係ってとても窮屈。

 だから、当番なんてものは決めない。私にとっては、当番だからやらないといけない。当番じゃないからやらない。

 っていうのは本当に窮屈で。

 やる元気が残ってるほうがやればいいし、どちらもその元気がないのなら、一週間やらなくてもいいと思ってる。

 ただ何かに縛られるのは本当に苦手。

 

 彼との間にはしっかりと会話がある。

 会話で解決できる。

 付き合って10ヶ月。喧嘩をしたのは多分2回。

 でも、ちゃんと話し合いができた。

 会話をするときに、理論と感情を分けて話し合いができる。

 

 多分決まり事をいくつか作った気がするけど、もはや覚えてない。

 でも、忘れたから覚えてなくてまたやるということではなく、覚えて、それが自然になったから覚えてないんだ。

 

 どう?よくない?

 

 相手が嫌がるからなぁ~...とかじゃなくて、もはや自分の中に落とし込まれてるの。

 私にとってはこれが楽。

 

 この関係性がすごく好き。

 

 ...正直これに関しては相手がどう思ってるのかちょっとわからないけどw

 

 

 それ以外にも、養うから、君にしかできないこと、やりたいことをやってって言ってくれたのもものすごく嬉しかった。

 楽できるからじゃない。そう言ってくれること、その気持ちが本当に嬉しかった。

 

 だからこそ、もっと頑張らないといけないなって思うし、負担をかけないようにしないといけないなって思ってる。

 

 生活をするうえで役割分担も、決まり事も絶対必要だと思う。

 でも、自分の育った環境上、信頼されてないと感じる言動がすごく苦手。

 

 以前にも養うから結婚しようと言われたことはある。

 でもその時は、その代わり最低限家の事をやってくれたらいいよ。って言われた。

 

 別に何も悪くない。その通りだと思う。

 でも、逆に言えばそんなのが当たり前だと思う。そんな当たり前のことすら言われるって相当信頼されてないんだなっていう解釈をした。そしてとても寂しいというか、モヤモヤするというか。そんな感情に陥った。

 個人的に言い方も気に食わなかった。その代わり、って言うことは取引というか。条件だ。

 

 多分言ってくれてる内容自体は元カレも、今の彼氏もほとんど同じだ。

 それでも前の彼の事を好きになれなくて、今の彼氏のことは溺愛してるのは、彼が私の事を尊重してくれて、尊敬してくれて、

 対等に扱ってくれるからだ。

 

 彼といるととても安心する。守られてる感がある。

 どんなことでも一緒に乗り越えられそうな気がする。

 

 結婚してくれるまで最短で...残り13ヶ月くらい...?w

 

 

 

 何でも自分でできる。

 ただ、言われるタイミングが自分のリズムと合わないだけ。

 なんだって一人でできる。

 

 実家に居た頃はずっとそう思っていた。

 

 しかし、いざ1人暮らしし始めてみると、もちろんはじめはよかった。

 

 でも、次第に仕事と家事の両立が、難しくなった。

 

 躁鬱の、鬱が強くなってきて、自炊が出来なくなった。

 

 インスタントのお湯で沸かすだけのラーメンすら作れなくなった。

 

 やっとのことでやった簡単な自炊や、フルグラ、フルーチェを作れても、それらに使ったお皿が洗えない。

 

 何日間も、何週間も置きっぱなし。

 

 

 お皿があるうちは別のを代用する。

 だんだん使える食器がなくなってくる。

 

 そのうち高熱を出した。

 心配した親が様子を見に来てくれた。

 

 そして、洗い物を片し、散らかった部屋を掃除してくれた。

 

 「一人暮らし」とは名ばかりで、結局何にも一人でできないんだな。と実感した。

 

 

 でも、今は婚約者...というか。将来を考えているパートナーがいる。

 

 絶対にこのままじゃダメなんだ。

 私は変わる必要がある。

 

 

 彼はとても優しく、特性も理解しようとしてくれている。

 でも、このままじゃだめなんだ。

 

 私はもっと成熟する必要がある。

 

 わかってはいた。

 でも、肌で強く実感した。

 

 将来子供が出来たら尚の事、このままではいけない。

 

 どんな特性があろうと、社会の常識は背中で見せる必要がある。

 それになにより、彼が誇れる妻でありたい。

 

 そのためにも、最低限家事と、常識は身に着ける決心をした。

 

 手始めに、ずっとやる気の出なかった洗い物をした。

 多分、久しぶりだったのと、体調的にもたまたまできただけなんだと思うけど。

 

 きっと毎日ってなるときついと思う。

 

 今すぐできることではないと思うけど、シールを買おうと思う。

 そして、カレンダーに貼る。シールはそれぞれ、お皿洗い、掃除、洗濯かな。

 それぞれが出来た時に貼っていく。

 そうすれば、何をどのくらい出来てないか可視化できるかなって。

 

 私は、多分、役割を演じるのが得意なんだと思う。

 実家に居た時は、娘だったわけだけど、お母さんって存在がでかすぎて。めちゃくちゃ甘えてたと思う。。

 でも、この先、自分が妻・母になるって考えると、それらのあるべき姿として動き始めることができる。

 

 ...動けなくて自分に失望して、また寝込むかもしれないけど。

 

 でもそんな私の事さえも、そのままでいい。無理しなくていい。って言ってくれる彼だから、

 だから、期待に応えたいと思っちゃうし、ちょっと休んだらもう少し頑張ってみようって思える。

 

 本来なら、人間に備わってる力で、自己肯定感がちゃんとついていれば自分で立ち直れるんだろうけど、

 私の場合は、自己肯定感どころか、劣等感しかない。

 劣等感しかないと、何にもやる気が出ないし、何かがうまくいっても、素直に自分の力だと喜べない。

 

 しかし、彼と出会ってからは、着々と自己肯定感が高まってて、前よりももっと頑張ろうと思えたり、頑張ってみることが多くなった。

 今までどんなに歯を食いしばって頑張っても頑張れなかったのに、今はすんなり問題に立ち向かえる。

 本当に不思議だ。

 

 でもきっとそれは、たとえうまくいかなかったとしても、待っててくれる存在がいること。

 失敗しても、挑戦した過程を褒めてくれる人がいること。

 できなかったとしても、戻れる居場所を与えてくれる人がいること。

 

 たったのそれだけでこんなにも変わる。

 

 信じて待つ。

 

 これだけでこんなにも心が軽くなる。

 

 ...彼から言わせてみれば、そもそも人間に期待してないから~とのことだけど。。。

 それを聞くとちょっと複雑感はあるけれども(笑)

 でも、事情はどうあれ、信じて待っててくれる人がいるっていうのは嬉しいものだね。

 

 もしかしたら、家庭内にそんな声掛けをしてくれる人がいたら、不登校から立ち直れたりしたのかな...なんてちょっと思ったりもする。

 

 

 

 

 ドクターストーンのネタバレ注意です

 

 結構動画が好きで、色んなアニメやドラマなどを見るのですが、

 その中でも最近はドクターストーンにはまって、毎週見ています。

 

 ドクターストーンに出てくる、龍水が大好きで。

 

 自分を重ね合わせてみてしまいます。

 欲望に忠実で、目的のためなら、目的を完遂するために何をすればいいのか考える。

 とてもかっこいい生き方だなと思います

 

 現実世界では、アニメのようにうまくいくことは少なく、困難や、壁が多いですが、たとえそうだとしても、

 結局やることはシンプルで、壁があるならどうやって乗り越えるのか、あるいは回り道をすればいいのかを考えればいいし、

 困難があったとしても、道が険しくても、目的のためなら努力を惜しまない。

 ただ欲しい欲しいと言うばかりではなく、泥臭いこと、面倒なこともやって、その結果、目的を得る。

 

 めちゃくちゃ感動しました。

 現実世界においては、困難や壁というのは、とても大きく見え、どうしていいのかわからなくなったり、

 諦めそうになったり、時には本当にあきらめてしまうことが多いです。

 

 近道とか、楽なことをしようとするから難しく感じるだけで、実際はもっとシンプルで、欲しいものを得るために、

 たゆまぬ努力をすればいいんだよなって。

 これがきつくて大変だから、多くの人は諦めちゃうけれども、結局これがすべてだよな。

 と、改めて感じた瞬間でした。

 

 もちろん、ものによっては本当に不可能だったり、物理的に困難だったりすることもあるかもしれません。

 

 でも、だいたいのことは、目的に対する熱意と、熱意による努力でなんだかんだでなんとかなっちゃうことも結構あるよなぁ。

 と思いました。

 

 龍水の生き方がほんとうにかっこよくて、大ファンです。

 

  

 他の記事でも言ったように、夢や目標はたくさんあるから、

 あとはいかに熱意を高めて、その熱意に負けないくらい泥臭く努力をして、技量を高められるか。

 まだ若い、まさに今が正念場だと思っています。

 

 きっと今が一番まだチャンスがある。

 ここが踏ん張り時だなって思います。

 

 改めてそう思わせてくれたドクターストーンには感謝です。