何でも自分でできる。
ただ、言われるタイミングが自分のリズムと合わないだけ。
なんだって一人でできる。
実家に居た頃はずっとそう思っていた。
しかし、いざ1人暮らしし始めてみると、もちろんはじめはよかった。
でも、次第に仕事と家事の両立が、難しくなった。
躁鬱の、鬱が強くなってきて、自炊が出来なくなった。
インスタントのお湯で沸かすだけのラーメンすら作れなくなった。
やっとのことでやった簡単な自炊や、フルグラ、フルーチェを作れても、それらに使ったお皿が洗えない。
何日間も、何週間も置きっぱなし。
お皿があるうちは別のを代用する。
だんだん使える食器がなくなってくる。
そのうち高熱を出した。
心配した親が様子を見に来てくれた。
そして、洗い物を片し、散らかった部屋を掃除してくれた。
「一人暮らし」とは名ばかりで、結局何にも一人でできないんだな。と実感した。
でも、今は婚約者...というか。将来を考えているパートナーがいる。
絶対にこのままじゃダメなんだ。
私は変わる必要がある。
彼はとても優しく、特性も理解しようとしてくれている。
でも、このままじゃだめなんだ。
私はもっと成熟する必要がある。
わかってはいた。
でも、肌で強く実感した。
将来子供が出来たら尚の事、このままではいけない。
どんな特性があろうと、社会の常識は背中で見せる必要がある。
それになにより、彼が誇れる妻でありたい。
そのためにも、最低限家事と、常識は身に着ける決心をした。
手始めに、ずっとやる気の出なかった洗い物をした。
多分、久しぶりだったのと、体調的にもたまたまできただけなんだと思うけど。
きっと毎日ってなるときついと思う。
今すぐできることではないと思うけど、シールを買おうと思う。
そして、カレンダーに貼る。シールはそれぞれ、お皿洗い、掃除、洗濯かな。
それぞれが出来た時に貼っていく。
そうすれば、何をどのくらい出来てないか可視化できるかなって。
私は、多分、役割を演じるのが得意なんだと思う。
実家に居た時は、娘だったわけだけど、お母さんって存在がでかすぎて。めちゃくちゃ甘えてたと思う。。
でも、この先、自分が妻・母になるって考えると、それらのあるべき姿として動き始めることができる。
...動けなくて自分に失望して、また寝込むかもしれないけど。
でもそんな私の事さえも、そのままでいい。無理しなくていい。って言ってくれる彼だから、
だから、期待に応えたいと思っちゃうし、ちょっと休んだらもう少し頑張ってみようって思える。
本来なら、人間に備わってる力で、自己肯定感がちゃんとついていれば自分で立ち直れるんだろうけど、
私の場合は、自己肯定感どころか、劣等感しかない。
劣等感しかないと、何にもやる気が出ないし、何かがうまくいっても、素直に自分の力だと喜べない。
しかし、彼と出会ってからは、着々と自己肯定感が高まってて、前よりももっと頑張ろうと思えたり、頑張ってみることが多くなった。
今までどんなに歯を食いしばって頑張っても頑張れなかったのに、今はすんなり問題に立ち向かえる。
本当に不思議だ。
でもきっとそれは、たとえうまくいかなかったとしても、待っててくれる存在がいること。
失敗しても、挑戦した過程を褒めてくれる人がいること。
できなかったとしても、戻れる居場所を与えてくれる人がいること。
たったのそれだけでこんなにも変わる。
信じて待つ。
これだけでこんなにも心が軽くなる。
...彼から言わせてみれば、そもそも人間に期待してないから~とのことだけど。。。
それを聞くとちょっと複雑感はあるけれども(笑)
でも、事情はどうあれ、信じて待っててくれる人がいるっていうのは嬉しいものだね。
もしかしたら、家庭内にそんな声掛けをしてくれる人がいたら、不登校から立ち直れたりしたのかな...なんてちょっと思ったりもする。