【質問】
「仏の三不能」について、根拠も挙げて教えて下さい。
【回答】
禅宗の「景徳伝灯録(けいとく.でんとうろく)」に、仏の三不能(さんふのう)という教えが説かれています。
「一には、無縁の衆生を度することあたわず」
「縁なき衆生は度しがたし」と言われますように、縁手がかりのないものは、仏でも救うことが出来ない。
「二には、衆生界を尽くすことあたわず」
仏は、苦しみ悩む衆生を度することが出来ますが、それを全てを一度に救う、度することが出来ない。
なぜなら衆生は、無尽であるから。しかし無尽であっても、仏はあきらめずに衆生を度することを誓われます。
「三には、定業を転ずることあたはず」
定業とは、過去の善悪の業因によって、感得した善悪の業報を言います。
業力を転ずることは出来ない。
言葉を変えれば、宇宙の真理である因果の道理を曲げることが出来ない。
これは、仏や菩薩の力であっても転ずることが出来ない、かなわないのです。
「仏は一切の事にみな自在を得たまへりと
言えども、その中に三不能といえる事あり。
一には、無縁の衆生を度する事あたわず。
二には、衆生界を尽くす事あたわず。
三には、定業を転ずる事あたはず。
定業とは前世の善悪の業因によりて、
感得したる善悪の業報なり。
これは仏菩薩の力も転ずる事かなわず。
これらは皆前世の業因に応えたる定業なり」
『大正新脩大蔵経.51巻.景徳傳燈録.卷第2』
(注 景徳伝灯録、全30巻は、中国・北宋代に道原によって編纂された禅宗を代表する燈史である)
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