愚民とはなにか?
それはニンゲンのことであり日本人のことであるだろう。
しかしもちろん全てが愚民かといえばそうでもない。
何が違うのか、それがわからないから、それを不当に感じるからこれまた愚民だが、それもまた二重のアイロニーでしかない。
これは逆説的にいえばキーサンの中身にも通じる話だ。
 
愚民はひたすら強欲的で、自己中心的で、もらえるものだけもらおうとする。
彼らは必ず質問をする。
ちょっと調べればわかる話を必ず質問する。
そして教えてもらえないと「権利」を主張する。
彼らの頭の中には「権利」しか存在していない。
それがまるで基本的であるかのように刷り込まれているからだ。
それを疑うことさえ知らない。
基本的人権など本来この世にはないというのに。
 
愚民は必ず人をコントロールしようとする。
自分ではなにもせず、知識を集めようともせず、活動もしないのだが、そのくせ世の中がよくなってほしいとか、あなたが頑張って世の中を良くしてくださいなどという。
例えばキチガイ医にこうやってください、こうなってください、こうあってくださいなどと愚民丸出しのことを言う。
愚民は決して自分で変えようともリスクを背負おうともしない。
彼らは根底から奴隷であるからだ。
 
愚民は人に清浄であることを望む。
自分が清浄でないから望むのか、これもまた一つの支配思想か。
そして己に力がないがゆえに代案を望む。
愚民度数が強いほどに、Aがダメなら代案を出せという。
この愚かさが愚民にはわからない。
その代案さえもすでに愚民の洗脳、本来物事をとらえるときに、為すべき事はたった一つしかない。
それは主観と価値観により分かれるものと、そんなものには左右されないものとに分かれるが、それさえも愚民にはわからない。
そうすると正当化、言い訳、ジレンマが生まれる。
 
愚民は徹底的に権威におもねる。
それが細かい資格だろうが、世の名声だろうが、小金だろうが、NWOだろうが大差はない。
それがどれほどバカにされる素養なのかも知らないまま、それを徹底的に求めようとする。
自分で奴隷にしてくれと懇願しながら、自分が奴隷であることにさえ気付かず、ここでも「権利」を声高に主張する。
 
愚民は普通であることを望む。
これの代表格が精神医学や心理学であるにすぎない。
愚民はまわりと一緒であることしか興味がないようだ。
何の能力も発想力も行動力もないのに、プライドだけは高くて事実を指摘されて下にみられるのを拒む。
なぜなら彼らにはガラスのプライドしかないからだ。
バカであることにさえ気付けないから、他人に批判や非難に向き合うことも無視することさえもできない。
 
愚民に愚民といっても自分は違うと怒るだけだが、誰も貴族を非難したりはしない。
愚民という奴隷の中にいる異質な奴隷を非難して自己満足するだけである。
今の日本人には誇りなど存在せず、それを維持するための努力も状況改善もめんどくさい。
誰かに従い、誰かが目標や指示を示してくれなければなにもできない。