54歳になって、私は最近、不思議な気持ちになっている。
今、ものすごく不安なわけじゃない。
むしろ、フリーで自由だ。
これから何をするのか。
誰と過ごすのか。
どんな人生にしていくのか。
自分で選んでいける。
そう思えるようになった。
振り返れば、ここまでの54年は、決して平坦な道ではなかった。
頑張りすぎたこともあった。
自分でやったほうが早いと思って、一人で抱えたこともあった。
人間関係で傷ついたこともあった。
「仕方ない」と、自分の気持ちを後回しにしたこともあった。
でも、その一つひとつがあったからこそ、今の私は少しずつ変わってきた。
話し合えない人とは、無理をしない。
都合のいい扱いを、仕方ないで済ませない。
自分の違和感を信じる。
私を大切にしてくれる人を選ぶ。
そして、自分自身も大切にする。
そんなことを、少しずつ覚えてきた。
父を亡くしたことも、私の中で大きな出来事だった。
家族のことを考えるようになった。
姉妹と過ごす時間が大切になった。
これからは、ちゃんと家族と向き合いたいと思うようになった。
そして、自分のこれからについても考えるようになった。
一人で頑張り続ける人生じゃなくていい。
クリスマスやお正月に、誰かと一緒に笑っていたい。
家族と、これから出会う大切な人と、ご飯を食べたり、映画を観たり、神社に行ったり。
何でもない時間を、自然に一緒に過ごせる人がいたらいい。
無理をしなくてもいい関係。
頑張らなくても大切にし合える関係。
そんな人生を作っていきたいと思うようになった。
そんなある日、私は気になる人ができた。
前から知っていた人でもない。
特別な関係でもない。
ただ、仕事に行くと会えるかもしれない人。
目が合う。
会釈をする。
「おはようございます」と挨拶をする。
それだけなのに、嬉しい。
会えた日は、心がふわっとする。
挨拶できただけで、一日頑張れる。
そんな気持ちが、久しぶりに私の中に生まれた。
54歳になって、こんな淡い恋心を感じるなんて思わなかった。
でも、それが嬉しかった。
「会いたい」と思うことも、
「目が合ったら嬉しい」と思うことも、
「挨拶できたら幸せ」と思うことも、
全部、そのまま大切にしていいんだと思えた。
そして私は、ある日気づいた。
私は、手紙を渡したいんだ。
どうなるかは分からない。
相手がどう思うかも分からない。
もしかしたら、何も起こらないかもしれない。
それでも、渡してみたい。
今までなら、いろいろ考えてしまったと思う。
迷惑かな。
変に思われないかな。
やめたほうがいいかな。
でも今回は違った。
「会えたら渡そう」
そう決めた。
そして今日。
そのタイミングが来た。
ちょうど相手が一人で出てきた。
周りには誰もいなかった。
まるで、今なら渡せるよ、と言われているような瞬間だった。
私は、手紙を渡した。
相手は少し不思議そうな顔をしていた。
でも、
まあ、いいか。
そう思えた。
手紙には電話番号も書いた。
だから、もし何か思ってくれたら、ショートメールが来るかもしれない。
何もなければ、何も来ない。
それだけ。
あとは相手に預けた。
結果を追いかけるつもりはない。
今日、私はもう十分に自分の気持ちを大切にした。
そして、ふと思った。
私にも、まだ勇気が残ってたんだ。
54歳。
私は、もっと大人になってしまって、もうこんなふうに誰かを気にしたり、ドキドキしたり、自分から一歩踏み出したりすることなんてないと思っていた。
でも、違った。
54年生きてきた私の中には、まだちゃんと勇気があった。
恋する気持ちもあった。
ワクワクする気持ちもあった。
そして、自分の人生を自分で動かしてみようと思う気持ちもあった。
今日、手紙を渡したことが、何かにつながるのかは分からない。
でも、それでいい。
私は、幸せになるためにここまできた。
これからは、結果だけを追いかけるのではなく、
「私はどうしたい?」
その気持ちを大切にして生きていきたい。
会いたい人に会いたいと思っていい。
好きなものを好きと言っていい。
やってみたいことをやっていい。
疲れたら休んでいい。
無理をしなくていい。
54歳だから遅いなんてことはない。
むしろ、54年生きてきた私だからこそ、分かることがある。
人生は、過去をやり直すことはできなくても、
これからを選び直すことはできる。
今日、私はその一歩を踏み出した。
手紙を渡した。
それだけのことかもしれない。
でも私にとっては、
「私はまだ、自分の人生を動かせる」
と確認できた日だった。
そして今日、私は自分に言いたい。
よくやった。
怖かったのに、ちゃんと渡したね。
54歳。
私にも、まだ勇気が残っていた。
これからも、自分を大切にしながら生きていこう。
どんな未来になるかは分からない。
でも、それでいい。
私はこれからの人生を、
自分で選んでいく。
