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連休中、山の日⋯
我が家は、東松山市にある「原爆の図丸木美術館」に行って来ました。
小学生の頃、実家にあった絵本「ひろしまのピカ」
を読んだことがあったので、丸木位里さん俊さん夫妻の「原爆の図」の存在は知っていました。

画像は、Amazonからお借りしました
川越に転居して来てから、「原爆の図丸木美術館」が東松山市にあることを知り、わりと近くにあることに驚きました。
しかし、足を運ぶことはないまま月日が流れていました。
今年は、終戦80年、被爆80年の節目の年です。
テレビで広島や長崎の被爆についてのニュースや特集番組を観るうちに、丸木美術館のことを思い出し、行ってみよう!ということになりました。
通り沿いにある大型バスも停められる駐車場に駐車し、5分ほど歩いて行きました。
美術館前にも駐車場があるのですが、細い道だったので、「この先に、ホントに美術館あるの?」という感じで、あえて大きい駐車場に停めたのでした。
美術館の入り口付近は、教会のような印象を受けました。
中に入り、2階に行くと⋯
壁画のように大きなサイズの原爆の図、第1部《幽霊》と第2部《火》がありました。
まずは、その大きさに圧倒されます。
そして、《幽霊》からは、裸の妊婦と乳幼児が目に飛び込みました。
誰もが無言で厳粛な空気が流れるなか⋯
ヒロの宇宙語が鳴り響いてしまったため(汗)
短時間で、1階に降りました。
1階は、奥へ奥へ長く続いていました。
原爆の図は、第1部から15部まであることを初めて知りました。
美術館には、14部まで展示されていて、15部《長崎》は、長崎原爆資料館にあるそうです。
独身の頃、長崎原爆資料館に行ったことがあるので、そのときに観たかもしれません。
原爆の図とは、被爆の悲惨な被害を描いたものだと認識していました。
しかし、第13部《米兵捕虜の死》や14部《からす》(死体に群がるカラスとチマ・チョゴリ)には、日本人の加害性も描かれていました。
原爆の図以外にも、水俣病や第五福竜丸、南京大虐殺やアウシュビッツをテーマとした大作が展示されていました。
これらの作品にどよーんとした気持ちになった後に、丸木スマさんのカラフルな作品にほっこりしました。
スマさんは、丸木位里さんのお母様で、70歳を過ぎてから絵画を描くようになったそうです。
なんとなく、シャガールの絵画のような印象を受けました。
丸木美術館は、今年の9月から全面改修に入り、2027年5月にリニューアルオープン予定とのことです。
公的な資金も企業からの資金もない私立の美術館であるため、美術館改修と絵画修復費用の寄付を募っているそうです。
今日は、購入した書籍のおつりを募金して来ましたが、寄付も検討してみようと思います。
(寄付は、ホームぺージからもできます)
帰宅してから、美術館学芸員の岡村さんが書いた書籍を読み、丸木夫妻や原爆の図について、また美術館ができた背景などについて知ることができました。
戦後80年、被爆80年。
もうすぐ、戦争を直接体験した方々がいなくなってしまいます。
今が、戦後だと思っていたら、戦前になってしまっていたなんてことにならないだろうか?
そんな不安がふとよぎることがあります。
戦争体験者や被爆者の生の声は、いつか消えてしまうけれど⋯
原爆の図などの絵画があり、体験記録(手記や写真や映像)があり、小説があり、漫画があり、映画があり、ドラマがある。
私自身、戦争体験や被爆について、直接生の声を聴いたことはありません。
(祖父母や父の戦争体験談は、断片的なものでした。)
でも、子どもの頃に読んだ戦争についての絵本の記憶の糸をたどり、長崎原爆資料館に行ったり、漫画やアニメやドラマを観たりして、想像して追体験をすることはできました。
そして、今日、「原爆の図丸木美術館」に行くことで、より平和への願いを強くすることができました。
戦争は、ある日突然起こるものではなく、日常生活の延長におこるもの。
今の子どもたちにとっても、未来が平和であるために、過去の悲しい歴史に目を背けずに⋯
「原爆の図」をはじめとした戦争や被爆の記憶を語る作品群を継承していくことが大切だと改めて思いました。

















