今年に入った時にカレンダーを見て、今年はGWに有給を貰って、フランスに行きたい、と思った。
が、父に反対され断念
、しただけでなく、今年のGWは何とも惨めだった
連休前に悪化した腹痛のために、お医者さんに入院を勧められた
絶食をしないといけない、と言われたので、1泊、長くても2泊だろう、と思って快諾した。
万年体調不良だけど、入院は初めて
初日の時点で症状が落ち着いていたのがツイていなかった
それまで4日間ぐらいまともに食事をとっていなかったので、既にお腹がすいて死にそうだった
いつもは1日に3ℓぐらいガブガブ飲む水すら味気無く思えて、味があるスポーツドリンクをちびちび飲むのが幸せだった。
2日目もあまりの空腹に溜め息しか出ず、頭の中は「カレー…小籠包…カレー…小籠包…」
3日目の朝、どうにもこうにも耐えられなくなって、看護師さんに訴えた
昼に初めての食事が出たのだが、流動食で、人生でこれほど不味い物を食べたことがあったろうか、と思うほど酷かった
重湯という、どう考えても、お湯を片栗粉で固めたんでしょ
お湯ならば好きなんですよ。
こんなトロトロにしてくれなくていいから、お湯を丼に注いで欲しいですよ。
隣の小さなお椀は当然お味噌汁だと思って、楽しみに残しておいた
ところがどっこい
開けたら、これまたトロトロで、お味噌汁を片栗粉で固めましたよね
これは重湯以上の不味さで、お腹がすいて死にそうだったにもかかわらず、完食できなかった
それから少しずつお粥のご飯の量が増え、おかずが普通になった。
1番辛かったのは点滴
どの看護師さんにも血管が細くて全く見えないと言われ、1つの点滴が終わるのに同室のおばさん達の2~3倍の時間がかかった
血管が悲鳴を上げて、腕が痺れて、毎日腕を換えてもらった
でも毎日誰かしらお見舞いに来てくれたりもして、意外と充実していた
ベッドとお手洗いの行き来しか出来ないのは厳しかったけど、ラジオの語学講座を聞いたり、手紙を書いたり、本を読んだり、退屈は全くしなかった。
1人っ子は1人遊びは得意だからね。
1番最初の流動食を除けば、食事も美味しかった
皆には「こんなの耐えられない
」と言われたが、普段から肉料理や揚げ物は人と出掛けた時ぐらいしか食べない私としては、和食のおかずが少しずつ並んでいるのは自然で、味も薄すぎず濃すぎず良かった
韓国料理は一切食べないから、勿論、ユッケ食中毒ではありません
6種類検査をしたのに、結局7泊もして、原因が分からなかった
ただ1つ免れたのが内視鏡。
もしや、いつも文献で見かける「クローン病」ではないか、と少し不安に思うけど、確率はとても低いし、血液検査か何かで少しは異常が出る筈だから、きっと違うだろう。
入院中あんなに食べ物ばかりが頭に浮かんでいたのに、退院したら食欲がまた無くなってしまった
少しは体重が減るといいけど
そしてMasafiに謝りたい
退院してから飲んでみたら、こないだ日記に書いたのが嘘のように、強い癖など感じなかった
確かに飲むと砂漠に居るような気分になる味ではあるが、体調不良によって舌の感覚がだいぶ狂っていたようだ
笑い過ぎて呼吸困難で入院が長引くかと思った『紙パンツの天使』、遂にポスターを描けました
が、父に反対され断念

、しただけでなく、今年のGWは何とも惨めだった

連休前に悪化した腹痛のために、お医者さんに入院を勧められた

絶食をしないといけない、と言われたので、1泊、長くても2泊だろう、と思って快諾した。
万年体調不良だけど、入院は初めて

初日の時点で症状が落ち着いていたのがツイていなかった

それまで4日間ぐらいまともに食事をとっていなかったので、既にお腹がすいて死にそうだった

いつもは1日に3ℓぐらいガブガブ飲む水すら味気無く思えて、味があるスポーツドリンクをちびちび飲むのが幸せだった。
2日目もあまりの空腹に溜め息しか出ず、頭の中は「カレー…小籠包…カレー…小籠包…」
3日目の朝、どうにもこうにも耐えられなくなって、看護師さんに訴えた

昼に初めての食事が出たのだが、流動食で、人生でこれほど不味い物を食べたことがあったろうか、と思うほど酷かった

重湯という、どう考えても、お湯を片栗粉で固めたんでしょ

お湯ならば好きなんですよ。
こんなトロトロにしてくれなくていいから、お湯を丼に注いで欲しいですよ。
隣の小さなお椀は当然お味噌汁だと思って、楽しみに残しておいた

ところがどっこい

開けたら、これまたトロトロで、お味噌汁を片栗粉で固めましたよね

これは重湯以上の不味さで、お腹がすいて死にそうだったにもかかわらず、完食できなかった

それから少しずつお粥のご飯の量が増え、おかずが普通になった。
1番辛かったのは点滴

どの看護師さんにも血管が細くて全く見えないと言われ、1つの点滴が終わるのに同室のおばさん達の2~3倍の時間がかかった

血管が悲鳴を上げて、腕が痺れて、毎日腕を換えてもらった

でも毎日誰かしらお見舞いに来てくれたりもして、意外と充実していた

ベッドとお手洗いの行き来しか出来ないのは厳しかったけど、ラジオの語学講座を聞いたり、手紙を書いたり、本を読んだり、退屈は全くしなかった。
1人っ子は1人遊びは得意だからね。
1番最初の流動食を除けば、食事も美味しかった

皆には「こんなの耐えられない
」と言われたが、普段から肉料理や揚げ物は人と出掛けた時ぐらいしか食べない私としては、和食のおかずが少しずつ並んでいるのは自然で、味も薄すぎず濃すぎず良かった
韓国料理は一切食べないから、勿論、ユッケ食中毒ではありません

6種類検査をしたのに、結局7泊もして、原因が分からなかった

ただ1つ免れたのが内視鏡。
もしや、いつも文献で見かける「クローン病」ではないか、と少し不安に思うけど、確率はとても低いし、血液検査か何かで少しは異常が出る筈だから、きっと違うだろう。
入院中あんなに食べ物ばかりが頭に浮かんでいたのに、退院したら食欲がまた無くなってしまった

少しは体重が減るといいけど

そしてMasafiに謝りたい

退院してから飲んでみたら、こないだ日記に書いたのが嘘のように、強い癖など感じなかった

確かに飲むと砂漠に居るような気分になる味ではあるが、体調不良によって舌の感覚がだいぶ狂っていたようだ

笑い過ぎて呼吸困難で入院が長引くかと思った『紙パンツの天使』、遂にポスターを描けました
































」と思い出すんです。



