児童自立支援施設に行くことにならなかった出来事。
それは私が小学校3年生の時。
その日、
私は宿題をやることを忘れていました。
寝る前になって思い出したんです。
しかも宿題の内容がはっきりわからず、マス目に対して漢字をいくつ書けばいいかわからなかった。小さなマス目に合わせると、今からやると30分はかかりそう。。
母に打ち明けると、
母は今世紀最大の怒りを表して私に怒り出しました。
大きな声で止むことなく、罵倒された私。
怖くて怖くて、必死に謝ったのを覚えています。
声が大きくて、近くの親族宅に聞こえるんじゃないかって心配して。今考えると、そこに心配するのもおかしな話ですけどね。
とにかく恐怖でした。
殺されるんじゃないかと思うくらい。
どうにか大きな声が鳴りやんで欲しくて
最後は
『ごめんなさい!ごめんなさい!』
『お願いだから許してください🙇♀️』
と泣きながら土下座していました。
それでも罵倒はしばらくは続いた。
本当に怖かった。
どうやって終止符を打ったかは記憶にありません。
そこからなのかな。
“母に嫌われないように生きなければ”
って根強い思い込み。
だから、私は小3にして
母に迷惑をかけないように
人にも迷惑をかけないように
母の言う事を聞いて
決められたこと真面目にやって
勉強も頑張って
学校でも優等生でやっていく
を無意識に決め込んだと思います。
それでないと私は母に捨てられる
くらいの恐怖があったのかもしれません。
その思い込みに気付いたのは、結婚、出産を経て大人になってから。
学生時代や社会人時代は、それでもなんとかやっていけたんですよね。
思い込みやクセって怖いですよね。
でも、そうやって生きてきたから。
生きていくしかなかったから。
それが私が生きる術だったんでしょう。
よく頑張ったね、わたし。
よくここまで生きてきたね。