諸行無常は移り行く自然、「空しい侘しい」と読むも歌人の楽しさ、地水火風空のエネルギーを科学する、好奇心から試す楽しさ。

生きている限り、アキラメは空腹が、寒さが、寂しさが身に染みて、ドロ沼に自分を追い込む、心的パニックはそこに。

自然は日々空腹から、生きる基本、無意識の自立を知る、追い立てられ知恵が湧く、日々危険に対応も、衣食住の効率を考え日々改善の知恵が湧く。

活かして楽しむ知恵人間、活かさなければ苦しさ辛さが、侘しさを増す、アキラメが仏教でない、隨縁真如、縁に湧く知恵、常楽我浄と楽しむ知恵。

究極を楽しむと書く「極楽」こそ現実の、相互理解と、それぞれレベルごと調整、超一流もその都度、調律し合ってオーケストラ共鳴南無にあるという。

だから所業は無常でなく、不思議サプライズを楽しむ人間、日々進化の無限を楽しむ、そこにスパコン京の解析が、見える始めの一歩と近づいた。

どちらを選ぶか、それは自由、苦をば苦と知り、苦楽共に思い合わせて楽しむプロがいる、それも事実、自然こそ生きる命の道理と説く現実仏法。

自分に、素直になる方が、気が楽ですよ。