5年生の冬に風邪を引き、その時にウイルスが私のすい臓に悪さをしてしまったらしいです。
3月は2番目の兄が進学で東京に行くことになっていたので、母も上京。
祖母と2人になった私は、ノドが渇く渇く。。
休み時間は必ず水をたくさん飲んでました。
飲むから当然トイレが近くなる。
休み時間にも行ってたけど、それでも我慢出来なくて、授業中にもトイレに行く。
そして。。。
6年生になってオネショをしてしまったんです。
でも母や祖母には言えなくて、タンスにパンツを隠していました。(←病気が判明後、見つかりました汗)
それに育ち盛りでご飯はたくさん食べるのに、どんどん痩せて行く。
6~7キロ位は体重が減ってしまいました。
小さな子供の体で短期間の減量。
相当体はキツかったはず。
約3週間の教育入院を経て、小学校に戻りました。
登校を始めて1.2週間は4時間目まで受けて、給食は食べずに早退。
だんだん慣れてきたら母が注射を持って学校に来てくれて、しばらくしたら保健室で自分でインスリンを打つようになりました。
その頃は、ヒューマログみたいな超速攻型のものはなく、効き始めるのが30分かかるインスリンを使っていたので、4時間目が終わる10分前に保健室に行って太ももに自己注射してました。
毎日毎日、授業中に抜け出すから、先生はクラスメイトに説明をしてくれたんですけど。。。
前もって言って欲しかったな。
私と家族の了解も得ず説明された。
なぜか隣のクラスの先生も話をしていて、注射を打ちに行く時に、窓からチョロチョロ見られて嫌だったなぁ。
そんなある日、担任が糖尿病の理解を深めようと、ホームルームで議題にしてくれました。
先生の質問『どうして糖尿病になると思う?』
クラスメイトの答え『甘い物をいっぱい食べたらなる!』
それを聞いた私はショックでした。
なんにも知らないくせに!ってね。
でも言い返せなかった。
。。というよりは言い返す気力がなかった。
心のどこかで『説明しても無駄だ』と、ちょっと冷めてしまってたんですね。
今考えたら私にはそんなホームルームいらなかったよ。
優しさは時に毒になることをその時学びました。
それまで仲の良かった友達が、
『あーこちゃんと遊んだら病気が移るよ!』
って言って離れて行った。
ヒソヒソ話しながらね。
それでも、入院中に授業のノートを取っててくれた子や、変わらずに話かけて遊んでくれた子もたくさんいたから、小学校ラスト1年も頑張れました✨
でもその頃から100%、誰かを信じるってことは素直に出来なくなってしまいましたね。。。
上手く注射が出来ずに、ご飯が食べれなくて泣いた時もあったし、お菓子もたくさん食べたかった。
でも何より辛かったのは
食品交換表と睨めっこしながらご飯を作ってくれていた母の後ろ姿。
『あーちゃんじゃなくて私が病気になれば良かったのに』と、祖母に言わせてしまったこと。
入院時に、わざわざ兵庫から駆けつけてくれた兄。
周りの人達に心配と迷惑をかけてしまった事が、子供ながらに申し訳なく思っていました。
今思い出しても、ちょっと泣けちゃうくらい。
今も皆に支えられて生きてて、医療も進歩していて、
糖尿病は治る病気に近づいてきている。
だってインスリンが発見されて、まだ100年も経っていないから、『完治』って言葉も遠くはないでしょ?(^O^)/
糖尿病だけじゃなくて、病気の全てが治る世界になってくれたら嬉しいです。
でもね、糖尿病さんよ。
君と出会わなければ、知らないこともあったし、考えなかったこともあった。
出会えなかった人達も、出来なかった経験もたくさんあるよ。
未だに大変なこともあるけど、私は負けないよ。
待ってろ!
糖尿病完治の世界!!

