
+++
ベトナムから戻り一息ついたと思ったら
横須賀米軍キャンプ行が控えていて、昨日は
夕方から数時間、アメリカにいた。
1センチ以上の厚さ、自分の手のひら3枚分の肉を
いま胃袋が消化中。
そして
今回、ベトナム行きは相方さんの仕事がらみで
くっついていっただけのわりには
大雨雷のさなかの植樹記念から企業説明会
夜のパーティまで全行程全参加だった。
途中には相方とふたり呼ばれてパンフレット配りなんか
手伝わされ、IT企業訪問の際にはベトナム企業の方々の
前に一緒に座らせられ自己紹介をし話を聞き撮影をし・・。
ツアーメンバーさんがなんだか気さくなおじいちゃんだよと
ホテルの部屋に上がり込んで写真を拝見したり
おしゃべりさせていただいていたら権威のある人たちを
とりまとめる人で相方がヒヤリ☆とするとか。
そんな出来事も交えて混沌とした旅行で、これが
新婚旅行でもあるというのがこれからの生活を
暗示しているような。
ともあれ終始2人だけはとくに体調も崩さず、ちょうど
良いくらいの味付けのベトナム料理をおいしくいただく。
ベトナム人ガイドさんに頼んで連れて行ってもらった店で
アオザイもオーダーし、ホテルでは最上階のバーに、
シンポジウム講演中には抜け出して市場をふらつき、
ハノイのまちの写真を撮って歩き。
毎日ホテルの部屋に戻ると電池が切れたように眠りこけた。
一人旅と違うのは、写真を撮っていても背後をほんの少し
心配せずにいられること。
通りに面している店の合間には必ず路地があり
その奥にはそれぞれの生活する場所が広がっている。
路地にカメラを向けてはわくわくした。
植民地時代の中国色の濃い建物は時代を経て崩れ、
ベトナム人の好む黄色の壁が鮮やかに色を添えている。
ゴミ箱や壁や木や店先、作業する老若男女、
牛やあひるの群れ・・、ツアーメンバーにはカメラを向けず
そんなものばかり撮っていたので相方さんに笑われる。
結局のところ自分が撮るものはどこにいっても同じ、
自分好みのもので、確認作業なのだろう。
それはかつて見た景色の投影だったり色だったり。
気持ちのよいものを探している。
自分の体力の続く限りは選別していくのだろう。
居心地の良い場所を。
今ここにあることを相方さんに感謝。
それからやっぱり
ベトナムの喧噪とのびやかさの対比はかなり好きかも。
雑貨の色も。
英語をもう少し扱えるようにして
また二人旅決行といきたいっすね。
そんなことを思った旅道中。
+
富士山後、決定的に違ったことは
少しぐらいのことでは動じない、なんとかなるさと
気楽になったことだね。
だよねぇ。我慢できそうな気がするね。
でも体重はなぜか増えてんだよね。
筋肉になったのかなぁ?
今日の撮影隊メンバーさんには富士登山組が含まれていて
そんなふうに話しながら撮影は始まった。
昨晩、絵コンテを描きながら力尽きた旦那はんの指示で
カメラ位置がきまり、流れができていく。
ウチの部屋を撮影場所として提供しているのだった。
早朝、取り付けられたばかりのエアコンのおかげで
にわかに夏らしくなった日差しもなんのその
ジャージ姿のK嬢、着物姿の姐さんには過酷だったと思うけれど
短い台詞ごとの顔芸に笑わせられながら撮影が
進む。
皆で何かをつくるというのは、楽しい!
私の今日の役目はお茶だしくらいやったけどね。
力作業役のゆらりん氏は徹夜明けやというのに
音声マイクを抱きかかえてご満悦。
ものすごく嬉しそうで面白かったっす。
そして役の乗り移ったK嬢の演技、最高にテンションが高くて
切れてました。
斜めがけの魚袋が似合うのは、もへ子だけです。
すてきすぎる。
次回撮影も楽しみです。
撮影後の飲み会もお楽しみです。
今日は生まれてこのかたもんじゃ焼きをおいしいと
思ったことがない面々を新たに改修させたので大満足。
ビールも進み、風呂に入るまえにまた沈没した相方さんへ。
お疲れさん。
編集後に観るのが楽しみ~。
これは良い作品だょ。
+++
先日、下北サンデーズを見た。
楽しい演出に見入ってしまう。
今また自分がお芝居をする人々と関わっていて思うのは
あの現場の勢いと空気がどうにも好きらしい。
最近かえりが遅めだから、ドラマはあとで
まとめ見しようっと。
富士山後、決定的に違ったことは
少しぐらいのことでは動じない、なんとかなるさと
気楽になったことだね。
だよねぇ。我慢できそうな気がするね。
でも体重はなぜか増えてんだよね。
筋肉になったのかなぁ?
今日の撮影隊メンバーさんには富士登山組が含まれていて
そんなふうに話しながら撮影は始まった。
昨晩、絵コンテを描きながら力尽きた旦那はんの指示で
カメラ位置がきまり、流れができていく。
ウチの部屋を撮影場所として提供しているのだった。
早朝、取り付けられたばかりのエアコンのおかげで
にわかに夏らしくなった日差しもなんのその
ジャージ姿のK嬢、着物姿の姐さんには過酷だったと思うけれど
短い台詞ごとの顔芸に笑わせられながら撮影が
進む。
皆で何かをつくるというのは、楽しい!
私の今日の役目はお茶だしくらいやったけどね。
力作業役のゆらりん氏は徹夜明けやというのに
音声マイクを抱きかかえてご満悦。
ものすごく嬉しそうで面白かったっす。
そして役の乗り移ったK嬢の演技、最高にテンションが高くて
切れてました。
斜めがけの魚袋が似合うのは、もへ子だけです。
すてきすぎる。
次回撮影も楽しみです。
撮影後の飲み会もお楽しみです。
今日は生まれてこのかたもんじゃ焼きをおいしいと
思ったことがない面々を新たに改修させたので大満足。
ビールも進み、風呂に入るまえにまた沈没した相方さんへ。
お疲れさん。
編集後に観るのが楽しみ~。
これは良い作品だょ。
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先日、下北サンデーズを見た。
楽しい演出に見入ってしまう。
今また自分がお芝居をする人々と関わっていて思うのは
あの現場の勢いと空気がどうにも好きらしい。
最近かえりが遅めだから、ドラマはあとで
まとめ見しようっと。
+
劇団関係者のみなさま、
このたびの登山にお声をかけていただき
ありがとうございました~。
それぞれ仕事のある身として、見合った形の
歩き方がなかなか楽しゅうございました。
疲れ果てて車に乗るなり爆睡してしまいましたが。
富士山は登るものじゃないよ~、
なんて登山後の筋肉痛を訴えるたびに
言われますが、よもや自分がほんとうに
てっぺんまで登ることになろうとは。
+++
車では五合目まで。そこで着替えて
軽い食事を済ます。
着替えは重装備、2枚のTシャツにジャケットで
さらにレインコート持参、下も長いパンツにレインコート。
これがどうして山頂では寒さに凍えてカイロ付きに。
頭には買いたてほやほやのヘッドライト。
トイレは有料なのだった。
7時すぎでもまだ山のふもとあたりが
ほんのり明るいなか登り始める。
上をみると黒く生茂る樹海、途中から霧が出て
2枚のTシャツにジャケットで汗ばむけれど
次の山小屋あたりではすでに風が冷たく
じっとしていると寒くなるほど。
七合目あたりまでは雲海の上に見える花火や
星空がきれいではしゃいでいたのに(連れ合いがとくに)
無口になって山小屋に着くごとにベンチに座りこむ。
先頭の団長が疲れ知らずだったのが良いペースメーカーとなり
皆がそれぞれの歩みで後に続いた。
あしもとは柔らかい土だったのが次第に
とがった小石に。折れ線グラフ状に石垣があると思うと
ところどころ岩場で、手袋が大活躍。
後ろのほうから、後続隊の休みますコールが届くと
少しだけほっとして息を整える。あまり長く休むと
歩き出してペースをつかむまでがつらくなる。
どちらにしろ進むならと、手と足と、すべてを使って前に進む。
山小屋は泊まり客やご来光を見る登山ツアー客で
ごったがえしている。
かきわけて休みをとり、ツアー客(ライバルはタビックス宇都宮)が
移動する前に重くなりそうな腰をあげた。
七合目からぐっと温度が下がり少し雨が降り出した。
レインコートを着たり脱いだりして温度調節する。
そこでは、登るための道と身体の声がすべて。
頭痛があれば休み、酸素を補給し、山小屋で甘いものを口に含む。
そしてヘッドライトの流れがキャンドルサービスのように
下へ雲海まで続く。星は無口な行軍の上に降り注ぐ。
八合目。空が白み雲海がぼんやり浮き上がってきた。
頂上は遥か先にも見え、既に数時間前から岩場が続いている。
強風にさらされて身体の芯まで凍え、眠い。
先頭隊からはずいぶんと離れてしまったし、後続隊も
離れてしまった。
気がつくと連れ合いと二人で、大渋滞の中歩いていた。
日の出まであと30分というあたりでにわかににぎやかに。
登頂する派とその場で見る派に別れていくのだ。
こんなときには、体力は残っていなくても登る派。
連れ合いもいることだし、がぜん元気をふりしぼって
岩場に張り付くと、忘れていたすごく昔の家族の
記憶がよみがえってきた。
もう少し先で、昼ごはんにしよう、と父が言い、
その後びっくりするくらい急な90度近い砂の傾斜を
駆け下りたっけ。10歳になるまで道なき道をゆく山ばかり
手弁当持参で散策していたんだった。
思い出した。
身体は進もうとするのに半分夢うつつ。
渋谷のひとごみほどの人だかりを連れ合いと
かき分けながら進む。
山頂到着の瞬間、
くっきりと輪郭のある太陽が
雲海から顔を出していた。
劇団関係者のみなさま、
このたびの登山にお声をかけていただき
ありがとうございました~。
それぞれ仕事のある身として、見合った形の
歩き方がなかなか楽しゅうございました。
疲れ果てて車に乗るなり爆睡してしまいましたが。
富士山は登るものじゃないよ~、
なんて登山後の筋肉痛を訴えるたびに
言われますが、よもや自分がほんとうに
てっぺんまで登ることになろうとは。
+++
車では五合目まで。そこで着替えて
軽い食事を済ます。
着替えは重装備、2枚のTシャツにジャケットで
さらにレインコート持参、下も長いパンツにレインコート。
これがどうして山頂では寒さに凍えてカイロ付きに。
頭には買いたてほやほやのヘッドライト。
トイレは有料なのだった。
7時すぎでもまだ山のふもとあたりが
ほんのり明るいなか登り始める。
上をみると黒く生茂る樹海、途中から霧が出て
2枚のTシャツにジャケットで汗ばむけれど
次の山小屋あたりではすでに風が冷たく
じっとしていると寒くなるほど。
七合目あたりまでは雲海の上に見える花火や
星空がきれいではしゃいでいたのに(連れ合いがとくに)
無口になって山小屋に着くごとにベンチに座りこむ。
先頭の団長が疲れ知らずだったのが良いペースメーカーとなり
皆がそれぞれの歩みで後に続いた。
あしもとは柔らかい土だったのが次第に
とがった小石に。折れ線グラフ状に石垣があると思うと
ところどころ岩場で、手袋が大活躍。
後ろのほうから、後続隊の休みますコールが届くと
少しだけほっとして息を整える。あまり長く休むと
歩き出してペースをつかむまでがつらくなる。
どちらにしろ進むならと、手と足と、すべてを使って前に進む。
山小屋は泊まり客やご来光を見る登山ツアー客で
ごったがえしている。
かきわけて休みをとり、ツアー客(ライバルはタビックス宇都宮)が
移動する前に重くなりそうな腰をあげた。
七合目からぐっと温度が下がり少し雨が降り出した。
レインコートを着たり脱いだりして温度調節する。
そこでは、登るための道と身体の声がすべて。
頭痛があれば休み、酸素を補給し、山小屋で甘いものを口に含む。
そしてヘッドライトの流れがキャンドルサービスのように
下へ雲海まで続く。星は無口な行軍の上に降り注ぐ。
八合目。空が白み雲海がぼんやり浮き上がってきた。
頂上は遥か先にも見え、既に数時間前から岩場が続いている。
強風にさらされて身体の芯まで凍え、眠い。
先頭隊からはずいぶんと離れてしまったし、後続隊も
離れてしまった。
気がつくと連れ合いと二人で、大渋滞の中歩いていた。
日の出まであと30分というあたりでにわかににぎやかに。
登頂する派とその場で見る派に別れていくのだ。
こんなときには、体力は残っていなくても登る派。
連れ合いもいることだし、がぜん元気をふりしぼって
岩場に張り付くと、忘れていたすごく昔の家族の
記憶がよみがえってきた。
もう少し先で、昼ごはんにしよう、と父が言い、
その後びっくりするくらい急な90度近い砂の傾斜を
駆け下りたっけ。10歳になるまで道なき道をゆく山ばかり
手弁当持参で散策していたんだった。
思い出した。
身体は進もうとするのに半分夢うつつ。
渋谷のひとごみほどの人だかりを連れ合いと
かき分けながら進む。
山頂到着の瞬間、
くっきりと輪郭のある太陽が
雲海から顔を出していた。

