めがさめた。


友達からできあがった名刺が
届いた。手紙つきで。
自分は柔らかいデザインを
得意としそれを採用してくれたのだった。
ふだん手紙などよこさない連れで嬉しい。

良い働きをしますように。

養護ホームから市民病院まで搬送されるときに、良いサイズの車が手配されず、祖父はその車に載せられて来たのだった。

置いたら置かれたままの形で、生命体の反応をごくわずかしか示さず機械の言いなりに動いていたのが嘘のように、酸素マスクをつけてこんこんと眠り続けている。
からだの中で弱っているのは、肺と足腰、それに頭。痴呆がひどかったのに、自分が夜通し付き添いをしていたのを、覚えていてくれている。

次に会うとき、もっと元気な表情が見られといいな。
書き込みくださった皆様ご心配ありがとうございした

肺炎を起こして高熱、機械に繋がれた意識を前に、臨むべくは平穏な気持ち。
死の畏れは見えない場所で出せばいい。


点滴でむくんだ手を握り目をあければ声をかけ、
呼吸器のあいだに溜る啖と唾液を取るときには頭をさすり。
病院に入ると時間が止まってしまう。
夜が明けるまで、天井を見あげる目に話しかけ続ける。一時間ごとに来る看護婦さんに挨拶し。
痛いかという問いかけに頷き、ぐんなり置かれたままだった手が痛みに嫌だと反応するのにほっとする。
もしかしてまだ大丈夫、
というところまで持ち直したのか。


どうにも落ち着かなくて、酔っぱらいさん達のいる部屋に転がりこんだ。
その場所はかつての父の病室の近くだけれど、そのせいではない、
できることを全てしきっていないという、やましさのためだ。多分。