私達は結構自分のこころの中だけでイメージを膨らませて、そこで完結してしまうところがあります。

これはいろんなことに言えるけど、何かを【期待したとき】、その後期待通りの結果がでてもなんだか【がっかりした】、あるいは【感動がいまひとつだった】ってことはありませんか。期待に沿えない場合は、なんだかすごくマイナスな気分になったり。すごく簡単な例では、レストランとかの料理。値段から「これはすごくおいしいに違いない」と思っていたけど、出てきた料理を食べたらなんだかがっかり。「彼はすごい人に違いない!」と思った瞬間から、なんだか【あら】が見えたりね。

おそらく、期待した瞬間に自分のこころの中ではそれを達成してしまっているのでしょう。おいしいイメージ、素敵なイメージができている。ある意味それが達成できて当たり前になっちゃう。もちろんできたらできたで嬉しいよ。でも、最初に期待したときと比べると【感動】が違う。

だから、本当に感動が最高潮になるのは、【予想外のとき】が多いよね。「えっ、こんなの想像してなかった」みたいな。彼氏からの突然のプレゼントや告白、すごく安いけどかなりおいしい料理。こころの中ではまだイメージを膨らませていないこと、つまり、こころの中で【完結していない】ことほど、嬉しさが増す。

【感動】は一度味わうと、そこが自分の中の「最高点」になる。喜びのバーが上がるんだね。だから、同じ経験をしても同じぐらいの感動は味わえない。もっと【こころの中でイメージしていなかった】こと、これを求めるようになる。いわゆる、感動の【慣れ】。やっかいなのは、そもそもネガティブ思考な私達はそんな「最高点」から減点していってしまうところ。

期待が大きいほど、裏切られたときの減点ポイントは大きくなる。一度味わった喜びが大きいほど、その後の【あら】が目立ってくる。あんなに素敵だった彼氏が、いつのまにか「最低の男」になってたりする。彼氏は変わってないかもしれないのにね。

【感動】は「感情が動く」と書くとおり、私達は感情が動くと冷静さを失います。嬉しすぎて涙が出るなんてのもそうだよね。それは麻薬のような感覚。だから、冷静に【いいもの】とわかっていても物足りなくなる。刺激を求めちゃう。

きっと、あなたが「いい」と思ったものはずっといい。ただ、【こころのゆれ幅】がなくなってしまっているから、そのよさを忘れがちだけど、こころの中にはちゃんと【いいもの】として大切にしまわれている。それはこころの中ではちゃんと光り続けているんだと思うよ。ダイヤモンドのようなきらびやかさはないけど、真珠のように控えめな輝きで。

本当にあなたにとって何が【いい】のか、時々こころの中の【宝探し】をしてみてはいかがですか。



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。久しぶりにまた上がってくることができました。再びトップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○