どうにもならなくなることがある。
どこにいっても、何をしてもうまくいかない。なんだか袋小路。

そんなことが続くと、何も信じたくなくなって、何も感じたくなくなって、こころの殻をすごく厚くして、ますます【狭い世界】の中に閉じこもる。普段の世界も結構狭かったりするけど、もっともっと狭い【自分のこころの中だけの世界】。

【自分のこころの中の世界】は、今までの自分の経験で作られた世界だから、結構ここちいい。安心感はあるよね。でも、現状どうにもならないことを変えていくだけのパワーがそこにはない。だって、そもそもずっとこころの中で悩んできているのだから。進もうと思っても狭いこころの中の壁にぶちあたって、また元に戻る。その繰り返しでだんだん疲れてきちゃって、動くことをやめたくなる。絶望感。

苦しいときほど、外をみてごらん。いろんな人と、いろんなところで話しをしてごらん。いろんなところに行ってごらん。解決するためだと思うと相手にすごい期待感をもっちゃってがっかりするから、ただ何気ない話でいいからしてごらん。相手のことを、【頭の中で考える】のではなくて、【こころの中で感じて】ごらん。

必ず感じることがあるから。その人が、実は【必死に生きている】というところ。言葉の端々に、ちょっとしたしぐさにそれはでてくるから。自分に余裕がないときは、【必死さが自分とはレベルが違う】って思うかもしれない。根っこは同じだから。人の悩みや必死さには優劣も、レベル分けもない。【何かを求めて生きている】というところはいっしょなのだもの。

それを感じているうちに、何かのヒントが出てきたりする。どうにもならなかった環境が自然に変わってくることもある。はからずも、その人が力になってくれることもある。だったら、最初から【答えを求めて】人に接する必要はないよね。

【明けない夜はない】という言葉がある。下を向いて地べたを這いずり回っているからこそ、上を向いたときの空がきれいだったりする。必死で生きているということはそういうこと。

【絶望からこそ見える美しさ】ってあるんだよ。



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