私達はどうしても人に期待をしてしまいます。こころの中にぽっかり穴が空いているときは特に、その相手にその穴を埋めてもらおうと思いがち。そして、そうした期待は自分も気づかぬうちにどんどん大きくなったりする。そう、こころの穴がおっきくなったり形が変わったりするのと併せて相手に対する期待が変わってくるからね。
そんなときは、相手に対する喜びよりも期待に応えてくれないことに対する失望感や不信感のほうが大きくなることが多いように思います。相手からすると築き上げてきたものが一瞬で崩れてしまうことに対して理解ができなくて苦しんだりする。
こころに空いた穴というのは、人の力では決して埋まりません。人ができることは、それを埋めるためのセメントや、のりや、補修テープを与えるぐらいなもの。それを使うことができるのは自分だけ。一方で、こころに穴が空いているときに相手に求める期待感は【それを使って相手に埋めてもらう】ところまできちゃっている。もしそうなら、相手があなたの期待感を満たしてくれることはきっとないよね。
相手に期待をすることをやめてみてはいかがですか?何かこう言うと、【相手に何も期待をしないで相手といっしょにいる必要があるのか】ってコメントが返ってきそうですね。僕が言いたいのは、【期待をしなくても相手といる意味はある】ということ。
そもそも何が一番大切でしょうか。相手が生きていて、そばにいることがそもそも大切なんじゃないかな。【そばにいる】ってのは物理的なものばかりじゃない。こころの中にしっかりと根付いている相手に対する気持ちがあれば、相手はあなたのそばにずっといる。そして、こころの中にいるからこそ、セメントやのりや補修テープがこころの中にありつづけているんだよ。その意味では、たったひとつだけ相手に対して期待することはあってもいいかもしれないね。それは、【相手がどこかにいてくれること】。
こころの中を埋める期待を自分の中で取り去ったとき、明らかに相手に対する気持ちが変わってくるよ。いえることはただひとつ;
【そばにいてくれてありがとう】
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