人間は打算の中で生きています。世間一般で【汚い】といわれる部分を持って生きています。ちょっとカウンセラーらしくないことを言っていますが、それは事実です。
この部分を持っていることに対して、人は罪悪感を持ちがち。持っていてはいけないもののように感じて、外では綺麗な部分を見せようとしがち。
あるいは、自分の理想があったときに、打算の部分と天秤にかけて、打算をとってしまったりする。そんなときに自己嫌悪に陥るときがある。
このギャップにすごく苦しんでしまいすぎると、こころが弱ってしまう。自分で自分のこころを傷つけてしまって、自分の存在を否定してしまう。リストカットは自分の体を傷つけてしまう行為ですが、実は体じゃなくてこころを傷つけているんだと思います。
皆打算の中で生きています。嫉妬やねたみといった感情は皆持っています。それを外に出さないだけ。生きていくためにはそれが必要なときもある。でも打算から離れた行動を取ることだってある。だからそれで自分を傷つけることはない。もしそのときの自分の行動が本当に嫌だったとしたら、次に違う行動をとればいい。
ただ、違う面でこころを傷つけてしまうことがひとつ。打算の中で割り切って行動しているつもりでも、こころの中の感情とのギャップが大きいとき、本当にしたいことを抑えているとき、だんだん疲れてくる。こころの感情を押さえ込むのには結構なパワーがいるからね。罪悪感をもって自分を責めすぎることはしなくていいけど、疲れてきている自分を感じたら、その感情を解放してあげる方法を考えよう。それはこころのSOSだからね。
この部分を持っていることに対して、人は罪悪感を持ちがち。持っていてはいけないもののように感じて、外では綺麗な部分を見せようとしがち。
あるいは、自分の理想があったときに、打算の部分と天秤にかけて、打算をとってしまったりする。そんなときに自己嫌悪に陥るときがある。
このギャップにすごく苦しんでしまいすぎると、こころが弱ってしまう。自分で自分のこころを傷つけてしまって、自分の存在を否定してしまう。リストカットは自分の体を傷つけてしまう行為ですが、実は体じゃなくてこころを傷つけているんだと思います。
皆打算の中で生きています。嫉妬やねたみといった感情は皆持っています。それを外に出さないだけ。生きていくためにはそれが必要なときもある。でも打算から離れた行動を取ることだってある。だからそれで自分を傷つけることはない。もしそのときの自分の行動が本当に嫌だったとしたら、次に違う行動をとればいい。
ただ、違う面でこころを傷つけてしまうことがひとつ。打算の中で割り切って行動しているつもりでも、こころの中の感情とのギャップが大きいとき、本当にしたいことを抑えているとき、だんだん疲れてくる。こころの感情を押さえ込むのには結構なパワーがいるからね。罪悪感をもって自分を責めすぎることはしなくていいけど、疲れてきている自分を感じたら、その感情を解放してあげる方法を考えよう。それはこころのSOSだからね。