何かショックなことがあったとき、人との別れがあったとき、それを忘れれるためにがむしゃらに何かをするということがある。仕事にのめりこむ、趣味に走る等々。そんなときって、妙に肩の力が抜けてたりして、そっちのほうが順調に進んでいくことが多い。

でも、忘れるためにやっていることがいくら順調に進んでいても、なんだか自分自身が熱くならない。満たされない。こころの中が【からっぽ】になっている感覚、そんなことはありませんか。

そんなときの【忙しい】というのはほとんどが【体】と【頭】の部分、つまり理性的な部分。それで時間を費やしているけど、【こころ】の部分は決して忙しくはない。【感情】はおそらくほとんど動いていないのでしょう。だから【からっぽ】という感覚になるのだと思います。

といっても時間がたつと感情も少しずつ動いてくることもあります。でも、『こころの傷』でも書いたとおり、大事なところはやっぱりずっと残る。であれば、忘れるのではなくてその思い出とともに生きる、ということになるのかな。