人は【やさしさ】に触れると嬉しい。幸せな気分になることもある。でも、人からの【やさしさ】を受けたときに、戸惑いを感じたり、その人を信用できないと考えたりして、その人から遠ざかっていこうとする人がいます。

本来、人から受ける【やさしさ】は、あなたの心の中にすっと入ってきます。そしてあなたの心の中の【やさしさ】とふいに触れ合ったときに、共鳴し合って【喜び】や【幸せ】の感情が生まれる。以前【ジキルとハイド】のところで少し話したように、【喜び】はあなたの【やさしさ】を心の外に押し出します。人の【やさしさ】に触れると、自分もやさしくなっていくというのはそういうこと。そういう人のそばにいるだけでも、あなたの心がすごく【やさしい】状態になるのも心の中でそんなことが起きているから。知らず知らずのうちに、相手と【やさしさ】のキャッチボールをしているのでしょう。殻の厚い人は当初は中に入ってくるのを拒みますが、【やさしさ】というのはすごいパワーを持っていて、時間をかけながら心の中に入っていきます。

ただし、殻の厚い人は、【やさしさ】が中に入ることを拒もうとするだけでなく、入って自分の【やさしさ】と共鳴し合ったとしても、自分の【やさしさ】を外になかなか出せない。心の中は【やさしさ】に対する【喜び】でいっぱいになっていても、殻の外側の自分とのギャップが大きくなりすぎてしまって戸惑ったり、悩む。コップの水が溢れるように、本当の自分が外に出てしまいそうで怖くなるから、【やさしさ】に対してそれを認めない、もしくは逃げるようになる。『恩にきせようとしている』『何か下心があるに違いない』と思いがちなのは、そう考えることで、【やさしさ】を外側で歪めてしまって、心の中に入れないようにして、【喜び】の感情が生まれないようにしているということ。

何か、『はしゃいでいたり』『浮かれていたり』しているときに、『調子にのるな』『みっともない』と言われたりすると、【喜び】を表現することが悪いことのような気がしてくる。でも、殻が厚い人も薄い人も、【やさしさ】に触れたときの【喜び】の感情は心の中で生まれている。それ自体を素直に表現することも、【やさしさ】を相手に返していくことも全然悪いことではない。先ほど【やさしさのキャッチボール】と言いましたが、相手に返した【やさしさ】はまた大きな【やさしさ】で帰ってくる。そのやりとりを続けているうちに、不思議と殻が薄くなる自分に気づいたりすると思いますよ。