待つ事もまた学び。
人は螺旋階段を昇降する事を繰り返しながら報われる時が来るのを今か今かと待っているのかもしれません。
それならその待ち時間を有意義に過ごすために各々がその時々感じる事のできる楽しみを駆使して日々、他者を喜ばせる事を模索し続けながら生きて行きましょう。
人それぞれ自他を縛って苦労を抱えたりもしますが、個人個人が越えられない苦労は抱え込まない様に人間は最低限無意識で判別しているはずです。
海が好きな人、山が好きな人、川が好きな人、空が好きな人、宇宙が好きな人、走るのが好きな人、月が好きな人、地球が好きな人、太陽が好きな人、灼熱を好む人、四季を好む人、極寒を好む人、春が好き、夏が好き、秋が好き、冬が好き、…etc。
ひと其々が違う趣味、価値観、特性を持って存在しています。
みんな其々が一長一短。比較的バランス型、比較的特化型、…etc。
あなたはあなたです。あの人はあの人だから、あんな事をできたり、しでかしたりもする。あなたはあなたですから、あなたに見合った魔が刺すと、あなたはあなたらしい行き止まりまで行くことになるだけなのです。だからあなたはあなたらしくたどってきた道筋を改善(あなたらしい方法を駆使して、より「自:他」を満遍なく喜ばせる思考、言動に向かい歩み続けていく事)をしていけばいいだけなんです。世間のネガティブなニュースを見て悲観せず、それを無視して現状のあなたらしい価値観の趣味趣向で、あなたは人を喜ばせることを日々模索する健全な日本人になっていけばいいだけです。そうすればあなたは完全に承認欲求を満たして社会的に立ち直ります。
あなたはあなた、
わたしはわたし。
魚は水の中でしか生きられませんが、逆に水の中で生きられます。
鳥は主に空でしか生きられませんが、逆に主に空で生きられます。
魚は背伸びしてもせいぜい飛び魚にしかなれません。
鳥は背伸びしてもせいぜい鵜にしかなれません。
魚は鳥にはなりません。鳥は魚にはなりません。
あなたはあなたです。わたしはわたしです。
それぞれやりたいことと、やりたくないことがあります。
みんながそうしているからといってもあなたもそうする必要はありません。
こうしたらああ言われるだろうという【思い込み】は、
相手を恐れたり、相手を嫌がったり、特別に避けたり、という感情に繋がりやすくなります。
その様な【思い込み】にあれば、あなたの感情、思考、言動は相手に対して、面白くない仕草を半自動的に取りやすくなります。そうすると相手はあなたを面白くない、気に入らない存在として認識する様になります。
あなたは社会常識や相手に縛り付けられているのではなく、
実は自分のこうしたらああ言われるだろうという【思い込み】によって苦しんでいるのです。
ですからそう言った不安感の思い込みを手放して歩んで下さい。
また、自分らしさを急激に求めて背伸びをすると、行き当たりばったり、転んで怪我をする事にもなります。のんびりとした自分のペースで日々を歩む事が大切です。
あなたは今の足場であなたが最低限これだけは持って生涯を歩み続けたい、
と思う物事を装備して、軽い荷物で歩まれて下さい。
そのかわり、そのありのままの自分を必要以上に卑下し続けない、その代わりとことん喜ばせてあげて下さい。また、そのありのままの自分を他者と比べ、上下を比べて自他に嫌味を言ってはいけません。嫌味が多くなると一つ一つにケチをつける様になり口数が多い人になります。口数が多くなった結果、一人になってしまいます。その様な孤独な主人公を演じても誰も喜ぶことは叶いません。嫌味を思考し続けない人生を歩む覚悟を持ってください。
そうやって健康な思考で日々を歩み続ける中で、何かしら壁を感じて、どうしても今の道筋をまっすぐ進むのが嫌になったら、横道に逸れて本筋を丸投げにして暫くの日々を歩んでみて下さい。具体的には暫くの日々を他にあなたが持っている楽しみであなたを癒す。ご飯が好きなら、今日はどんなご飯を食べようかな…。動画なり見ながらお酒でも飲もう。今日のメニューは具体的に何がいいかな…。そんな事なり日々手軽に自分を喜ばせられる方法に意識を集中して、暫くの日々の気を紛らわし、自然に、また、何かやってみようかな。となったらようやくやる。この様に気楽に生きる程度でいいんです。
もしも、気楽でよい訳がない頑張り続けなければいけない、と思うなら、それは、焦燥感を愛でている状態です。焦燥感は、常日頃の不安へと、瞬時に、変わりやすくもなります。
その様にして突き詰め続けたいと、思い込み続ける習慣は強い程、自分自身の、境遇の全てが、不快な感情思考の底に、引きずり込まれ、もがき苦しみ続けることにもなります。
気楽に手軽に楽しめることであなたを日々喜ばせ続け、癒すことは、大切な日課です。
↓肉体的な健康についてはこちらをご覧ください。
https://ameblo.jp/arimula/entry-12792602165.html
何かしようと思っても1日一個程度でいいです。沢山抱え込むと大変です。現代人は学校や仕事、趣味、人間関係、複数抱え込む事を強いられる社会環境で生きているのだから尚更仕方がないです。
人にこう言われるかもしれないという気持ちを持ち抱えすぎたり、自分はこうでなければいけないという気持ちを持ち抱えすぎたり、趣味や仕事を沢山持ち抱え続けて、落として壊してしまって、うまくいかなかったと、泣いたり、人のせいにしたり、自分を罵倒して傷つけたり、悪循環に陥ります。
そして何よりもあなたはあなたの最低限の装備を使って、世の中の人を喜ばせようと思い続けなければ、あなたは自分のその最低限の装備を使って幸せに生きることはできません。自分が持つ装備をうまく活かして、他人を喜ばすにはどうすればいいのかな?と日々考えれば、あなたは周りの人から、喜ばれる存在になります。喜ばれるから、気持ちが綻んで嬉しくなります。そうし続けるとあなたは健全な一般人に直ります。
あなたがあなたの装備を自分のことにしか使わないのであれば、あなたは閉鎖的で、誰にも愛されていない。嫌われている。と思い込み、落ちていってしまうでしょう。
あなたはあなたらしく、人に言えない事ばかりを背負い込んでしまったのなら、自分はどうせ認められないという思い込みの行き止まりで上や下ばかり眺めて、もやもやとしてしまうかもしれません。
あなたはあなたらしく、自分の性質や行動パターン、人に言えること言えない事を全てうまく駆使して、人を喜ばせられる様に生きてみてください。趣味が現状うまくいっていないなら、あなたの他の習性を使って人を喜ばせるよう模索してみてください。あなたはどんな趣味がありますか。どんな食べ物が好きですか。どんな時心地よいですか。そういった、楽しかったり心地よかったり感じることを自分に無理を強いない程度にうまく他者に伝える=表現する。相手をよろこばせる工夫をひび模索しつづけてみて下さい。その時々の自分の全てをありのまま駆使して背伸び(無理)をせずに、人を喜ばせようと日々模索し続けると、生きていることに居心地の良さを感じます。それは偽善ではありません。自己も他者も喜ぶから平和な社会を作っていけます。
全ての人は承認欲求と自己顕示欲を持っています。オブラートに包まずに一言でいうと、全ての人は愛されたいと願い存在している生命だということです。自分の想いを何よりも優先したがる一番の答えは大切に扱われたい=愛されたいと思う気持ちが深層心理にあるからです。愛されたいという想いを能書きで否定してはいけません。赤子心で悟ることが大切です。愛を否定することは格好のよいことではありません。愛とは真逆の行為、傷つけたり破壊したり否定の感情、思考から始まる言動を劇中ではなく、現実に行うと皆んなに不快がられるのです。現実において自他が深層心理に持つ「愛」を大切にする思いをねじくれ、執拗に否定する行為は、客観視されるととても格好悪く、恥ずかしく見えるものです。ですから遠慮なく堂々と喜んで他を悪くいう思いを手放して下さい。
全ての人は愛されたいです。ですから愛されるために他を大切に思い大切に扱い続ける覚悟を持てると、あなたはより多くの人に愛され続ける存在へと日々変化していけます。日々感情と思いを自他に対する潔白「無害化」掃除洗濯をしていって下さい。今までの怒りの価値観もよく頑張ったねと愛し認め、手放してあげて下さい。
あなたはあなたの過去現在(のアラ)を認めることが出来るなら、同じく相手のアラ探しを止めることもできます。
だから自他を認め愛する自分に日進月歩変わり続けます。
まずは自分や相手の粗探しをやめるところから始めてみて下さい。
この事から、日々とは、あるがままの自分と相手を認める学びであり、結果、喜びをより善く深める学びの連続という事になります。
ですから日々、自分と相手に対する、学びと成長を頂き有難うございます。という、労りと尊ぶ思いである感謝の心を育んでいってみて下さい。これも無理する必要はありません。自分のできる範囲で大丈夫です。年数の経過で自然と当たり前に出来る様に馴染んでいくものですから
焦らず(背伸びをせず)に自他に対して謙虚な姿勢でいれば、大丈夫です。
自他の為に自分を活かせる自分を目指して日々を歩んでみて下さい。
それと体に良ろしくないものを食べると、【感情】、心、身体から喜びを感じ得がたくなりますから、体に悪い食事をやめて下さい。
思考とは【感情】が原因で発生します。自分のことだけを考えていると、配慮が欠けて怒りの【感情】に支配されたり、結果、人間不信から不安の【感情】にも繋がりやすく、結果、自分や相手にとってよろしくない思考を巡らせる要因となります。揉め事の種とは、自分のことだけを考える【感情】です。(所有欲、独占欲)
ですから、他者の幸せを願う【感情】を選択して日々を歩んでみて下さい。(分け合い、分かち合い)
【感情】の舵取りが出来ているかどうかが、実は思考法以前の重要事項です。【感情】を選択するという(思考)があります。このことを知らない方も多いかもしれません。【感情】とは思考で選択できます。他者の幸せを願う【感情】を思考して選択して下さい。
要は、他の幸せを願う【気持ち=感情】を選択する。そして他のために己を活かすことのできる自分(勿論、身体も含む)を愛することが大切です。これも、何も大袈裟なことではありません。これで普通!当たり前!ラッキー!と思わないと、
あなたの視界は、いつまでも自他を傷つけ罵り合う堂々巡りの上下格付け弱肉強食の色眼鏡越しにしか物事は写りませんから、その様なやり取りしか起こせません。
それは嬉しくもないし、楽しくもありません。
上下格付け意識も手放して下さい。その代わり、全ての人を敬い、大切に扱って謙虚に生き続けてみて下さい。
平等に自他を愛し認めるから、平穏で豊かで満たされた生活ができます。
これを恥ずかしがる癖がある様でしたら、
癖を焦らず、腐らず、急いで手放していって下さい。
(所謂陽キャで、誰からも好かれやすく、大切にされやすい人はこの思考に生きています。
それはあなたの未来の姿です。単純にその様な生活は、嬉しくもあり、楽しくもあり、自他共に安心で、安全です。)
自他に対する否定的な感情、思考が湧いてきたら、『それは自分の(感情と)思いではない。』と粘り強く自分の(感情と)思いに言い聞かせ続けることが、解決の為の羅針盤です。
思いを巡らせて何を願うのか。
相手の幸せを願って生きる自分を願い日々を歩んで行ってみてください。
(体の健康と)自他を思いやることを日々の日課にすればあなたはあなたが好きな様に生きているだけで大丈夫なのです。
【全ての物事とは「うまくいく」ものです】経済的な問題でもそうです。どうしようどうしようと思うから、
それしか現れてきません。
「何が来ようが結果として、【うまくいく】。」
そう思っていれば、たとえ荒波の中でも感情を舵取りできます。逆に言えば、どうしようというネガティヴな思いに囚われ続けることこそが窮地であり、破滅と言えるかもしれません。
ネガティヴな感情に支配された思考はネガティヴな言動となってその場に影響を与えます。
例えば、「不況でクビになる!」
と言うふうに思い続けたのなら、
実際に気も病み、
悲観的にもなり、粗暴にもなります。関与している周りの方々もどうしたものかと困る事にもなります。
結果これでは、例えどこに転職しようとも、不安事の可能性を気にし続け、その感情思考に囚われ続ける負のサイクルを回る人になってしまいます。
ですから実は何事に対しても悲観する必要性はゼロなのです。自他を大切に思い扱いつづけ、その上で、なんとかなる。うまくいく!と思い続けていれば、大丈夫なんです。
漠然とでいいのでその想いにしがみついて生きていくだけで、
結果は大きく変わって当然です。相手を大切にし続けるから、やがて互いに大切にし合える様になります=協調性です。
逆にネガティヴな感情に繋がりつづければ、自他を巻き込んで不和、不幸の雪だるまとなりますから、それはとても迷惑な行為なので自制して下さい。とても不本意で、不条理、遺憾な結果につながってしまいます。
明日(☀️👉🌕👉☀️)はあります。日は生命です、月はラッキー!です。感情思考の捉え方次第で、日は非に、月は尽きにもなります。日毎夜毎の自他を尊ぶ気持ちと思いを謙虚に大切にして歩んでみて下さい。
「うまくいく!」は、物凄く根源的で重要な感情選択、感情舵取りの思考法です。自分の現状は、過去の自分の感情が元で、思考、言動になった結果、出来事として今、顕在化しています。過去から延々と悲観的な感情に囚われ続けているのならそれ相応に、逆に自他を大切にする、うまくいく、といった感情=楽観的な感情を選択して生き続けたのなら、それ相応の結果として未来が現れてきます。
『自他を尊重して生きる、他の幸せを願って生きる、そしてうまくいく!』と日々漠然と思い続けるだけでゆっくりとより善い変化が現れてきます。そしてこの善い変化、出来事は自分の足場となる様に蓄積して行きますので、先にゆくほど、まるで加速する様に、物事はうまく行き続ける様になっていきます。
逆に言えば漠然とすら、『自他を尊重して生きる、他の幸せを願って生きる、うまくいく!』と日々思い続けることを忘れてしまうと、延々と負のサイクルが堂々巡りをし続けてしまいます。
ですから漠然とでいいので、『自他を尊重する、他の幸せを願う、うまくいく!』
とりあえずこの三つを【感情】、【思考】の片隅に起き続けることを日々の大切事にしていってみて下さい。
勿論、1年、2年、3年、3年半、変化には時間の経過が要ります。
そして、
勿論、1年、2年、3年、3年半、ごとに今とは違う世界を経験して行けます。先に行く程楽になってゆきます。
待つこともまた学びなのです。ですから、自分と相手を「有難う、有難い。」と大切にして生きて行って下さい。感謝に生きて下さい。喜びに生きることを誓ってください。自分も他人もこの意味では、境界線はありません。どちらも大切な存在です。壊した年月が長ければ、気持ち(感情)や思考を含む現状を安心安全に戻すことには揺らぎ、起伏を伴いやすいです。壊すと修復するのに時間が要ります、有難いのです。本来の現実とは、生かして下さり、活かしてくださり、有難い現実で普通、当たり前です。ネガティヴになる必要性は一切ないのですから、奪い合いは真実ではありません。ただ現状、騙す者もいます。一時の怒りに委ねる批判はせず、相手に敬意を払いつつ、本当に大丈夫なのだろうか?と疑うことも大切です(勿論ネガティヴになる必要はありません🌼)。
有難うと声に出さずとも、相手を黙々と大切に扱っていければ、次第に周囲の『感じ』は変わり始めます。
その上で勿論、『他を重んじて大切に扱う気持ち(感情)を思考選択する様に、あなた自身を重んじて大切に扱う気持ち(感情)も思考選択して下さい。』
今を生き続ける中で、ネガティヴな感情、怒りの感情などが現れたら、
(これを昔の人は魔が刺すと言いました。)
「その負の感情を自他を扱う様に重んじて、自他を扱う様に大事に扱い、認め、許し、感情、思考から手放してあげて下さい。」その上でその感情、思考がしつこく付きまとう様でしたら、それは「自分の(感情と)思いではない。」ときっぱりと感情と思考に向かって言い放つ事を、白黒分け隔る心の鍛錬、心の整理整頓とし大切な日々の日課にして行って下さい。
無理をせずにできる範囲でご自愛(他愛)を深めて行って下さい。無理をすると転んで怪我もします。あなたの幸せを願っています。