今日は伊那にあったカノヤの宇佐美マスターのマスターの命日。亡くなってもう4年も経つのか。早いな。

カノヤにミュージシャンが来るときはいつも、「太田〜、楽器持って来いよ。」って言ってくれて、チャージを払おうとすると「いいからいいから。それよりこれ飲め」ってお酒を注いでくれて。みんなに借金しながら店を続けてるくせに。

お陰でオマさんと出逢えて、そしてオマさんが呼んでくれた横浜のライブでピアノの永武幹子と出逢えて。

またあるとき「太田〜、永武幹子ってピアノ知ってるか?いいらしいじゃん。」ちょうどオマさんのライブで知り合ったって答えると、「よし、じゃあいっちょ二人でやってみるか。」ってなって二人のライブを初めてカノヤでやらせてもらって。立ち見になるくらいお客さんを集めてくれて。約束よりかなり多めのギャラをくれて。今ではもう彼女とのユニットは僕にとって欠かせない本当に大切なものになっている。

「お前はこんな田舎にいちゃいかん。早く東京いけ。」「俺はこの田舎がいいんだよ。ここに住みながら、世界と繋がっていくんだよ。」「何言ってんだ。」

もう癌が末期でどうにもならないってわかっても、ぎりぎりまでお店に出てて。いつまで会えるかなって思いながらコーヒー飲みに行って。もうすぐだってわかってるから頑張れなんて言えないし、泣けない。

でも、あるとき新聞を読みながらふと思いついて、
「あの世ってさ、こっちの世界は見えなくなるけど、こっちの音だけは聴こえるらしいよ。だから、あっち行っても俺の音はずっと聴こえるから、楽しみにしててよ。俺、どんどんいい音出せるようになるからさ。」もちろん嘘だけど、なんかそんな気がして。言いながら思わず涙がこぼれたけど、何ごともなかったようにすぐに拭いて。

上に行く数日前まで店に出てて。亡くなる数日前に、病院にお願いして、彼が好きだった「ハッシャバイ」を彼の前で吹かせてもらった。

何を言っても反応なかったのに、僕のアルトを聴いた瞬間にいきなり目をあけて、手をバタバタと動かして。白目だったけど、「聴こえてるよ。ありがとな。」って聞こえたよ。

宇佐美マスターがいたおかげで、自信を持ってここまで頑張ってこれた。もちろんまだまだだけど。マスターがあっちで支えてくれてるってわかってるから、これからも自分を信じて頑張れる。

本当に彼のところからも僕の音は聴こえてるって信じてるし、あっちまで届くように僕は演奏する。