もう、今こそ聴けない(笑)電気グルーヴの歌の紹介ばかりしてごめんなさい(笑)

「誰だ!」


っていう曲、本当に「これぞ世間催眠を歌った歌」でして、


・・・吉本ばななさんが
人生は「なんとなく、やりたくないことの方に流される」っていうのが一番嫌なこと
みたいなことを以前に言っておられたのですが、


・・・例えば「しきたり」とか
「こういうのが普通」と家族が言っていること、

みたいなのに流されて、いい子させられて、

凄く嫌な目に結果遭った、

・・・っていうことが、世の中多くて、


「理由のわからない選択・決断」をした風に(流されて)、っていうことが、

人の弱み(孤独とか)の「心の隙間」にあっという間に入ってきて、


結果が悪いと、
周囲の人はいち早くそっぽを向け始め、
”手のひら返してくる”感じ)



それで


・・一番損失した当人だけが、「誰だ!言い出しっぺは!」とか考え始めて、
怒りや恨みが生まれる、


・・・・っていうようなことは多いわけです。




例えば、年頃だから結婚して、とかいう空気になったので、見合いして結婚したが、相手にDVされて、ぼろぼろになった、とか、

・・・それで「誰だ!結婚しろとか結婚いいとか言ったのは!」ってなるみたいなこと・・・は世の中多い。





まだ、「選択肢を提示された」っていう記憶がある人はマシ。

「選択肢なんて無かった」、当然のながれでした、選択肢って何?、っていう人も、この世にはかなりいる。

(それがすべて「(個人の魂にとっての)必然の出来事」かどうかは、私は疑わしいと思っています・・・「個人の自由意志の尊重」もあるわけなので)

こういうひとこそが、不幸なのかもしれない。よくわけわからない病気に急に罹患する人って、こういう人だったりする。






「なんとなく流される」みたいな時、

「一人が命令してくる」って、少ない感じです。
「誰か」がわからないから、誰にぶつけることも出来ないのが苦しい。



言った人が特定出来た場合でも「こういうことになっているから・・・」とか「他の人も言っているよ」っていう言い方がほとんどではないかと思う。

「不特定多数の意見ですよ」って言い方が、悪霊に乗っ取られた言霊の特徴かも。


「世の中の空気感」とか、「よくされているという噂の」、みたいなエネルギー、だったような気がする、っていうことが多いわけです。


それで、


「言いようのない怒り」「ぶつけどころのない恨み」


みたいなことを感じ始めて、


「誰だ!なんだ!
私を操っているのは!」



っていう電グルの歌みたいな感じになって、初めて、「悪霊」みたいなエネルギーの存在に気づくのだ。

世の中全体に恨みを抱く瞬間。






特別にしたいことが見つかっていないし、

孤独だ(子供の頃孤独だった)、

っていう状態だと、こういう「流される」ことって、多いのだと思う。



「誰だ!」っていう歌でも歌われているけど、
ガンガンきつい口調で「あれするなこれするな!」って吠えている人も多い。

孤独だと、そういう人の言いなりになってしまう。

もしくはいちばんやさしい存在であるひとが、「出来たらそうしたほうがいいよ・・・」とか言ってくる。

悪霊のタイプはいろいろある。共通点は、結果自由を奪うことが「親切」とかいうのと紙一重な感じだということ。






世の中保守的になっている、というのは、「悪霊の力が強くなっている」っていうことかな、と思う私ですが、

「本当はしたくないのに流される」みたいなことの「受容体」になっているのは、

元々、ほぼ、「幼少期孤独」です。


孤独で、飢えてて、「相手にしてくれる・注目してくれるなら、みんなのいうことききます」っていう心の状態が有って初めて、悪霊がその人を意識し始める。「自分」がある感じのひととか、あまり聞く耳のない人には、「こうしたほうがいい」みたいなことは、言ってこないものです。「言ってみる価値あり」オーラがあるから、変な注文がやってくる。

そういうオーラを感じる感受性は、誰もが保持してます。どんな鈍感な人でも。





なんか変なことに流されるのやだ、って思っているあなたが、

もし今までに、「裏切られた」経験があったなら、

私は「幼少期孤独の記憶ケア」を勧めます。

それが、裏切られるような悪霊を引き寄せるエネルギーであることには、代わりありません。





「記憶」ケアが、「個人ができる心のケア最高峰」だと思います。

NO、と言える個人に。
NOと言わなくてもいいような場面が離れていく人生を。

自由に生きるには、
必要なことなのです。


ではでは♪