前回、前々回、「心理の”足元”~インナーチャイルド」について、書いております。
この段階をクリアしないとなあ、と思うことが、常々、ありまして。
今回はエピローグ、です。
まとめ、です。
科学的なお話、ですね。脳科学的な。
「親を許しましょう」「親に感謝してインナーチャイルドを開放しよう」
よくこういう文言は、本に書いてあります。
脳的な話をすれば、こういうことをしてもなんの意味もありません。
それは「親を許す」「感謝する」ことで、「幼少期のショックなエピソード記憶」が消えて、大人のあなたの様々なものに対する反応は変わらない、ということです。
更には、「お父さんやお母さんは大変だったんだね、大人になってわかったよ」なんていう理解、も、脳的な記憶には全く無力、非力なので、意味がないのです。
だから、心理の本とか、嫌いなんです。
偉い宗教の人の本とか。イージーな引き寄せの本とか。
脳の表面にしか届かない「知識」で、小さいときの脳的なショックのはいっている脳深部が変化したらどんなにラクでしょう。でもそうではありません。
脳(の奥)で実際に起っている現象は、そういうことすればするほど、小さいときのショックな記憶が、爆発します。
小さい子供の純真、っていうのは、それぐらいデリケートなんです。
親の行為が、悪気が在った・無いにかかわらず、嫌なことされたら、デリケートを損害するようなことをしたら、脳(深部)には残るっていうこと。
そういうのを放っておいて、大変なこととか、地味に不幸を振りまいている人はいっぱいいる。
そして「許しなさい」などという言葉をそのまま信じてしまうというのは、さらにややこしくなって、大変なことになります。
許すとか、感謝して手放すとか、怒り続ける、とか、
その全てが、脳深部のインナーチャイルドや幼少期記憶に、無力、です。
オラクルカードには、シンプルに、難しいがいいことが書いてある。
「もう自分が傷つかないでいいと気づくこと」だと書いてあります。
誰かの過去の行為を理解したり許すのではなく、
自分の状態を認め、許し、開放するということなんだと思う。
これは、自分が「傷ついている」ということを認知して、
加害者になっている他人を許すことではなく、
傷付いている自分の純真に対して「もうそんなことしなくていいよ」、ということです。
自分のなかの問題、なのです。
傷ついた子供の自分を認知する
って、人生の改善の第一歩、なのです。
「大人になって初めて、親に「抱いて」って言えるようになった」
とか、
「虐待した親が死んでホッとした」とか、
いろいろと聞きます。
これらのお話は、気をつけて聞いています。トラップ、みたいなものだから。
催眠をする前ならばいいけど、心理のときは、これは気を付けなくてはならない言葉。
脳深部的には、親が死んでも、抱いてくれても、謝ってくれても、意味がない。
=行動は変わらない、
=人生が変わらない、
ということ。
レベルが高い許しとかそういうのをするために人生はなくていい、
自分が心から楽しめば人生はいいのであって。
そのために、自分の中の認知をして、フリーになる。
幼少期記憶を勇気を持って省みて、フリーになるということです。
「夢見て楽しんでしまえば消えます」なんていうのは、一時的だなあ、とよく思います。
個人に拠るんですよね。
でも、そういう事を言ったあとに、倒れるとか病んでいく人もいっぱいいる。
それはそれで悪くはないんだけど。
「三つ子の魂百までも」は馬鹿にできない
っていう、シンプルなことなんですけど。
アダルトチルドレン、は、こういうことを理解して、開放することだと思います。
私の年末の心残りは、これでやっと掃除終了っていう感じです。
自分の中の子供を大切に。無理に大人すると大変なことになる。っていう感じでもある。
でも世の中は、早く大人に、なんていう空気ばかりだ。
大金出して心理の講座に行くとか、無意味になることが多いです。何百万とかかかるらしいけど、そういう人が鬱になっていることって多い。(本当に!)
脳表面の甲羅が分厚くなるだけですから、そうでしょう。
心理を学ぶ多くの人は、誰かを怖がり、不安になり、疑う自分を解消したい、という欲望
がある気がします。でもそれは、やはり机上では学べませんし、心の甲羅も分厚くなるだけなので、どんどん他人の真心が遠くなるのね。
雨戸を幾重にも作っちゃった立派な心のお屋敷は完成する、っていうだけで、中身は病んでいく一方、っていう人多いです。
心の理、などというのは、生の人から「感じるもの」でしか無いと思う。
後は、過去の記憶の影響が「作用反作用」がどっちにでてるかだけだものね。
とにかく、外の変な情報や空気には耳を閉じて、勇気を持って自分の声を聴くことです。
改善するのはこのシンプルな構造を理解することです。
あなたにとってのグッドタイミングで、脳深部に出会って下さい。
この段階をクリアしないとなあ、と思うことが、常々、ありまして。
今回はエピローグ、です。
まとめ、です。
科学的なお話、ですね。脳科学的な。
「親を許しましょう」「親に感謝してインナーチャイルドを開放しよう」
よくこういう文言は、本に書いてあります。
脳的な話をすれば、こういうことをしてもなんの意味もありません。
それは「親を許す」「感謝する」ことで、「幼少期のショックなエピソード記憶」が消えて、大人のあなたの様々なものに対する反応は変わらない、ということです。
更には、「お父さんやお母さんは大変だったんだね、大人になってわかったよ」なんていう理解、も、脳的な記憶には全く無力、非力なので、意味がないのです。
だから、心理の本とか、嫌いなんです。
偉い宗教の人の本とか。イージーな引き寄せの本とか。
脳の表面にしか届かない「知識」で、小さいときの脳的なショックのはいっている脳深部が変化したらどんなにラクでしょう。でもそうではありません。
脳(の奥)で実際に起っている現象は、そういうことすればするほど、小さいときのショックな記憶が、爆発します。
小さい子供の純真、っていうのは、それぐらいデリケートなんです。
親の行為が、悪気が在った・無いにかかわらず、嫌なことされたら、デリケートを損害するようなことをしたら、脳(深部)には残るっていうこと。
そういうのを放っておいて、大変なこととか、地味に不幸を振りまいている人はいっぱいいる。
そして「許しなさい」などという言葉をそのまま信じてしまうというのは、さらにややこしくなって、大変なことになります。
許すとか、感謝して手放すとか、怒り続ける、とか、
その全てが、脳深部のインナーチャイルドや幼少期記憶に、無力、です。
オラクルカードには、シンプルに、難しいがいいことが書いてある。
「もう自分が傷つかないでいいと気づくこと」だと書いてあります。
誰かの過去の行為を理解したり許すのではなく、
自分の状態を認め、許し、開放するということなんだと思う。
これは、自分が「傷ついている」ということを認知して、
加害者になっている他人を許すことではなく、
傷付いている自分の純真に対して「もうそんなことしなくていいよ」、ということです。
自分のなかの問題、なのです。
傷ついた子供の自分を認知する
って、人生の改善の第一歩、なのです。
「大人になって初めて、親に「抱いて」って言えるようになった」
とか、
「虐待した親が死んでホッとした」とか、
いろいろと聞きます。
これらのお話は、気をつけて聞いています。トラップ、みたいなものだから。
催眠をする前ならばいいけど、心理のときは、これは気を付けなくてはならない言葉。
脳深部的には、親が死んでも、抱いてくれても、謝ってくれても、意味がない。
=行動は変わらない、
=人生が変わらない、
ということ。
レベルが高い許しとかそういうのをするために人生はなくていい、
自分が心から楽しめば人生はいいのであって。
そのために、自分の中の認知をして、フリーになる。
幼少期記憶を勇気を持って省みて、フリーになるということです。
「夢見て楽しんでしまえば消えます」なんていうのは、一時的だなあ、とよく思います。
個人に拠るんですよね。
でも、そういう事を言ったあとに、倒れるとか病んでいく人もいっぱいいる。
それはそれで悪くはないんだけど。
「三つ子の魂百までも」は馬鹿にできない
っていう、シンプルなことなんですけど。
アダルトチルドレン、は、こういうことを理解して、開放することだと思います。
私の年末の心残りは、これでやっと掃除終了っていう感じです。
自分の中の子供を大切に。無理に大人すると大変なことになる。っていう感じでもある。
でも世の中は、早く大人に、なんていう空気ばかりだ。
大金出して心理の講座に行くとか、無意味になることが多いです。何百万とかかかるらしいけど、そういう人が鬱になっていることって多い。(本当に!)
脳表面の甲羅が分厚くなるだけですから、そうでしょう。
心理を学ぶ多くの人は、誰かを怖がり、不安になり、疑う自分を解消したい、という欲望
がある気がします。でもそれは、やはり机上では学べませんし、心の甲羅も分厚くなるだけなので、どんどん他人の真心が遠くなるのね。
雨戸を幾重にも作っちゃった立派な心のお屋敷は完成する、っていうだけで、中身は病んでいく一方、っていう人多いです。
心の理、などというのは、生の人から「感じるもの」でしか無いと思う。
後は、過去の記憶の影響が「作用反作用」がどっちにでてるかだけだものね。
とにかく、外の変な情報や空気には耳を閉じて、勇気を持って自分の声を聴くことです。
改善するのはこのシンプルな構造を理解することです。
あなたにとってのグッドタイミングで、脳深部に出会って下さい。