― 言えなかった言葉の形 ―』
【想定時間】50〜60分
【ジャンル】シリアス/青春/恋愛/ノンフィクション
【男女比率】
女性1/男性1/性別不問3 推奨【兼役あり】
【登場人物】
東雲 遥(しののめ はるか)
主人公。
人懐っこく愛情深いが、
過去の経験から不安や嫉妬も強い。
明るく振る舞う癖がある。
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篠宮 奏真(しのみや そうま)
遥がネットで出会い、
のちに大切な存在になる人物。
優しく、
少し意地悪。
遥の弱さも重さも受け止める。
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澪(みお)
ネット仲間、
声劇仲間、
友人、
相談相手を兼ねる存在。
遥にとって
「居場所」の象徴。
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影(かげ)
遥の過去、
不安、
傷、
いじめっ子、
教師、
元関係者などを兼ねる存在。
悪役ではなく、
遥の中に残った記憶。
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ナレーター
物語の進行役。
時に大人の声、
医師、
配信画面のコメント、
記憶の案内人も兼ねる。
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第一部
『ガラスの教室』
語り部
人は、生まれる場所を選べない。出会う人も、最初に傷つけられる言葉も、選ぶことはできない。けれど、その言葉を抱えたまま、どこへ向かうかだけは、少しずつ選べるのかもしれない。
遥
昔の私は、よく「大丈夫」って言ってた。大丈夫じゃない時ほど、笑ってた。平気じゃない時ほど、平気な顔をしてた。だって、泣いたら面倒くさいって思われる気がしたし、怒ったら怖いって言われる気がしたし、助けてって言ったら、また私のせいにされる気がしたから。
影
最初は、ただの小さな教室だった。机があって、椅子があって、黒板があって、先生がいて、同級生がいて、どこにでもある普通の場所。けれど、普通の場所が、必ずしも安心できる場所とは限らない。
澪
「一緒に遊ぼう」って言っただけだったんだよね。仲良くしたかっただけ。誰かの輪に入りたかっただけ。特別なことなんて、何も望んでなかった。
遥
うん。ただ、普通にしたかった。みんなみたいに笑って、みんなみたいに喋って、みんなみたいに帰り道で今日あったことを話したかった。でも、私にはその「普通」が難しかった。
影
変だよね。なんか違うよね。すぐ泣きそうになるよね。先生に言いそうだよね。そういうところが面倒なんだよね。――そんな言葉は、刃物みたいに鋭くなくても、何度も何度も当たれば、ちゃんと傷になる。
遥
痛かったよ。でもその時は、痛いって言葉にする方法を知らなかった。嫌だって言っていいのかも分からなかった。私が悪いのかな、私が変なのかな、私が直せばいいのかなって、ずっと考えてた。
語り部
そして彼女は、先生に相談した。勇気を出して、言葉を選んで、震える心を隠して。
影
でも返ってきた言葉は、助け舟ではなかった。「あなたにも原因があるんじゃない?」その一言で、教室はもっと冷たくなった。
遥
あの言葉、ずっと残ってる。たぶん言った本人は覚えてないと思う。でも私は覚えてる。助けてほしかっただけなのに、自分を責める宿題を渡された気がした。
澪
それから遥は、自分を守るために仮面を覚えたんだよね。
遥
うん。「大丈夫」「平気」「気にしてない」。この三つがあれば、なんとかなる気がした。でも本当は、なんともなってなかった。ただ、傷ついた自分を後ろに隠して、前にいる私だけが笑ってただけ。
影
中学に上がっても、世界が完全に変わるわけじゃなかった。場所が変わっても、似たような言葉は追いかけてくる。笑い声、視線、空気、距離。はっきり殴られたわけじゃなくても、心が削れることはある。
遥
私はどんどん、人と仲良くなるのが怖くなった。近づきたいのに、近づいたら傷つく気がする。知ってほしいのに、知られたら嫌われる気がする。置いていかれたくないのに、重いって思われるのが怖い。矛盾だらけだった。
語り部
それでも、暗い日だけではなかった。笑えた日もある。楽しかった時期もある。ほんの少し、自分の居場所があるように感じた瞬間もある。
澪
だからこそ、遥は完全には諦めなかったんだと思う。誰かを信じたい気持ちが、ずっと残ってた。傷ついても、人が嫌いになりきれなかった。
遥
そうかもしれない。私は、怖かったけど、誰かと繋がりたかった。私のことを分かってくれる人が、どこかにいるんじゃないかって、ずっと思ってた。
影
甘いね。また傷つくかもしれないのに。
遥
うん。甘いと思う。でも、傷つかないために誰とも繋がらない人生も、私には苦しかった。
語り部
ガラスの教室で、彼女は傷を覚えた。けれど同時に、願いも覚えた。
澪
誰か、私を見つけて。
遥
誰か、私を分かって。
影
誰か、私を置いていかないで。
語り部
その願いは、やがて画面の光に導かれる。
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第二部
『声の向こう側』
語り部
現実の外に、もう一つの世界があった。顔を見なくてもいい世界。声と文字だけで繋がれる世界。そこには、怖さもあった。けれど同じくらい、救いもあった。
澪
いらっしゃい。初見さんかな?よかったらゆっくりしていってね。コメントしなくても大丈夫だよ。聞いてるだけでも嬉しいから。
遥
最初は、コメントするだけでも緊張した。私なんかが入っていいのかなって思った。でも、誰かが「来てくれてありがとう」って言ってくれるだけで、ちょっと心があったかくなった。現実ではうまく話せなくても、文字なら少しだけ素直になれた。
影
でも、ネットなら安全?声だけなら裏切られない?画面の向こうにいる人間は、現実の人間と違うの?
遥
違わないよ。ネットでも傷つく。ネットでもすれ違う。ネットでも、好きになったり、嫌になったり、嫉妬したり、泣いたりする。でも、それでも私はそこにいたかった。
澪
声劇に出会ったのも、その頃だったね。
遥
うん。声で誰かになれるのが楽しかった。自分じゃない誰かの言葉を借りると、自分の本音まで少し出せる気がした。泣く役なら泣いていい。怒る役なら怒っていい。寂しい役なら、寂しいって言っていい。それが私には、すごく救いだった。
語り部
声劇は、彼女にとって遊びであり、逃げ場所であり、練習でもあった。言えなかった言葉を、別の人物の口で言う。抑えていた感情を、物語の中で解放する。
影
けれど、居場所には人が集まる。人が集まれば、関係が生まれる。関係が生まれれば、期待も生まれる。期待が生まれれば、失望も生まれる。
遥
ネットでもいろいろあった。仲良くなった人と離れたり、信じてた人に傷ついたり、好きだった場所に居づらくなったり。私はまた、「私が悪いのかな」って考えた。昔の教室と同じだった。
澪
でも、完全に同じじゃなかったよ。ネットの世界には、遥を笑わせてくれる人もいた。話を聞いてくれる人もいた。声を褒めてくれる人もいた。戻ってきていいよって言ってくれる人もいた。
遥
そうだね。だから私は、何度も傷ついたのに、何度も戻ったんだと思う。声の向こう側に、まだ信じたいものがあったから。
語り部
そして、彼女には一人、忘れられない人がいた。
遥
最初は、推しだった。遠くから見てるだけでよかった。声が好きで、雰囲気が好きで、話し方が好きで、少し意地悪なところも、優しいところも、気づいたら全部気になってた。
影
でも、一度は離れた。関係はいつも綺麗に続くわけじゃない。誤解もある。すれ違いもある。終わったと思う縁もある。
遥
もう会えないと思ってた。だから再会した時、心臓が変な音を立てた。嬉しいのに怖くて、懐かしいのに知らない人みたいで、でもやっぱり、声を聞いたら「ああ、この人だ」って思った。
奏真
久しぶり。……って言っても、そっちは俺のこと覚えてるのか?
遥
忘れるわけないでしょ。むしろ、そっちこそ覚えてたんだって思った。
奏真
忘れるわけないだろ。お前、分かりやすいし。
遥
分かりやすいって何。
奏真
嬉しい時は声が跳ねるし、拗ねてる時は返事が短いし、無理してる時はやたら明るい。
遥
最悪。なんでそんな見てるの。
奏真
見てるんじゃなくて、聞こえるんだよ。
澪
その一言で、遥の中の何かが少しほどけた。
遥
私、ずっと見つけてほしかったのかもしれない。私が笑ってても、本当は泣きそうなこと。大丈夫って言ってても、大丈夫じゃないこと。好きになったら重くなること。知らないことがあると不安になること。そういう面倒なところまで、ちゃんと見てほしかった。
影
重いね。
遥
うん、重いよ。でも、それが私なんだと思う。好きな人のことなら何でも知りたい。知らない時間も、知らない顔も、知らない好きなものも、全部気になる。把握したくなる。笑われるくらいメモするし、観察するし、研究する。
奏真
研究って言い方すると怖いな。
遥
いいじゃん。彼氏であり推しなんだから。
奏真
開き直ったな。
遥
うん。だって、好きなんだもん。
語り部
けれど、恋は救いだけではない。大切だからこそ、不安になる。失いたくないからこそ、苦しくなる。
影
ほら。好きになったら、また怖くなるよ。
遥
分かってる。連絡が少ないと不安になるし、知らないところで誰かと楽しそうにしてたら嫉妬するし、何も言わずに変わられると置いていかれた気がする。私だけが知らない奏真がいるのが、怖い。
奏真
遥。
遥
分かってるよ。全部を知るなんて無理だって。相手には相手の時間があるって。頭では分かってる。でも心が追いつかない時があるの。
奏真
お前はさ、知りたいんだよな。縛りたいんじゃなくて、安心したいんだろ。
遥
……そう。安心したい。私の知らないところで、私だけ置いていかれるのが怖い。
奏真
じゃあ言え。怒る前に。泣く前に。爆発する前に。
遥
それができたら苦労してない。
奏真
だろうな。でも、俺も全部正解できるわけじゃない。言われなきゃ分からないこともある。
遥
奏真でも?
奏真
俺でも。
澪
完璧に分かってくれる人なんて、きっといない。でも、分かろうとしてくれる人はいる。
語り部
その違いを知るまでに、彼女は長い遠回りをした。
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第三部
『言えなかった言葉の形』
語り部
大切な人と出会っても、過去が消えるわけではない。傷は時々、別の顔をして戻ってくる。不安、嫉妬、怒り、寂しさ。愛情が深いほど、影も濃くなることがある。
影
また喧嘩したね。
遥
うるさい。
影
また泣いたね。
遥
うるさいってば。
影
また「私なんて」って思った。
遥
……思ったよ。思ったけど、それでも別れたいわけじゃなかった。ただ、分かってほしかった。私が怒ってる奥には、寂しいがあるって。私が拗ねてる奥には、不安があるって。
奏真
遥、お前さ、怒る時に全部トゲにして投げるだろ。
遥
だって、優しく言ったら伝わらない気がする。
奏真
トゲで投げられたら、こっちも痛いんだよ。
遥
……ごめん。
奏真
謝ってほしいだけじゃない。俺は、お前が何でそうなるのか知りたい。だけど、全部を過去のせいにしたら、お前も苦しいだろ。
遥
分かってる。過去があるから仕方ないって言い訳にしたいわけじゃない。でも、過去の私が今の私を引っ張るの。大丈夫じゃなかった時の私が、大丈夫な今でも怖がるの。
影
私は、消えないよ。
遥
知ってる。
影
忘れようとしても、私はいる。
遥
知ってるよ。
影
先生の言葉も、同級生の笑い声も、ネットで傷ついた記憶も、離れていった人の背中も、全部私だよ。
遥
違う。全部が私なんじゃない。私の一部なだけ。
影
一部?
遥
そう。あなたは私を苦しめた。でも、私をここまで連れてきたのも、あなたなんだと思う。傷ついたから、人の痛みに敏感になった。置いていかれるのが怖いから、大切な人を大事にしようとした。分かってもらえなかったから、誰かを分かろうとした。
澪
遥はずっと、愛されたかったんだよね。
遥
うん。愛されたかったし、選ばれたかったし、ちゃんと見てほしかった。でも今は少し違う。愛されたいだけじゃなくて、私も愛したい。重くても、不器用でも、ちゃんと大切にしたい。
奏真
お前の愛し方、たまに圧がすごいけどな。
遥
うるさい。でも否定しないでくれるじゃん。
奏真
否定はしない。ただ、たまに笑う。
遥
それがムカつくんだけど。
奏真
でも、嫌いじゃないだろ。
遥
……嫌いじゃない。
語り部
恋は、過去をなかったことにはしてくれない。けれど、過去に閉じ込められた自分の手を、そっと引いてくれることがある。
影
ねえ、遥。
遥
なに。
影
あの頃の自分に、何て言う?
遥
あなたは悪くないよって言う。全部我慢しなくてよかったよって言う。泣いてもよかったし、怒ってもよかったし、嫌だったって思ってよかったよって言う。
影
それだけ?
遥
あと……よく生きてたねって言う。よくここまで来たねって。あなたが諦めなかったから、私は奏真に会えた。声劇に会えた。澪たちに会えた。自分の言葉で、自分の物語を話せるようになった。
澪
じゃあ、この物語は不幸な話じゃないんだね。
遥
うん。不幸だけの話じゃない。傷ついた話だけど、それだけじゃない。遠回りした話。泣きながら進んだ話。何度も人を信じるのが怖くなって、それでも誰かを好きになることをやめられなかった話。
奏真
遥。
遥
ん?
奏真
お前、面倒くさいよ。
遥
知ってる。
奏真
嫉妬深いし。
遥
知ってる。
奏真
すぐ知りたがるし。
遥
知ってるってば。
奏真
でも、そういうところも含めて、お前なんだろ。
遥
……うん。
奏真
なら、少しずつでいい。怒る前に言え。不安になったら隠すな。俺も全部は分からない。でも、聞くことはできる。
遥
じゃあ、私も少しずつ頑張る。奏真の知らないところまで全部怖がるんじゃなくて、奏真が今ここにいることを、ちゃんと信じる練習をする。
影
信じるの?
遥
信じる。
影
また傷つくかもしれないよ。
遥
それでもいい。傷つく可能性があるからって、愛することをやめたら、私は私じゃなくなる。
語り部
ガラスの教室で泣けなかった少女は、声の向こう側で居場所を探した。出会い、別れ、すれ違い、恋をして、ようやく気づいた。
澪
答えは、誰かが全部くれるものじゃない。
奏真
一緒に探すものだ。
影
過去は消せない。
遥
でも、抱えて歩くことはできる。
語り部
遠回りだった。
澪
痛みも多かった。
影
間違いもあった。
奏真
喧嘩もあった。
遥
でも、悪くなかった。だってその全部の先で、私は今ここにいる。声で誰かと繋がって、自分の物語を話して、大切な人を大切だって言える場所にいる。
影
ねえ、遥。
遥
なに?
影
もう、教室に戻らなくていいの?
遥
戻らなくていい。でも、忘れない。あそこにいた私を、なかったことにはしない。
澪
じゃあ、連れていくんだ。
遥
うん。泣けなかった私も、怒れなかった私も、信じたかった私も、全部連れていく。
奏真
重そうだな。
遥
重いよ。でも、奏真もいるでしょ。
奏真
まあな。
遥
澪もいる。
澪
いるよ。
遥
語り部さんもいるし。
語り部
私は物語の外から、見届けている。
遥
影もいる。
影
私は、いていいの?
遥
いていいよ。もう、敵じゃないから。
影
じゃあ私は何?
遥
私が私を忘れないための、記憶。
影
……そっか。
遥
うん。
語り部
人は、生まれる場所を選べない。最初に傷つく言葉も、選べない。けれど、その先で誰と出会い、どんな言葉で自分を抱きしめ直すのかは、きっと選んでいける。
澪
画面の向こうに声がある。
奏真
声の向こうに、人がいる。
影
人の中に、過去がある。
遥
過去の先に、今がある。
語り部
これは、傷ついた少女が幸せになるまでの物語ではない。
澪
傷ついたままでも、誰かを愛していいと知る物語。
奏真
不器用でも、重くても、笑われても、大切なものを大切だと言える物語。
影
消えない記憶と、和解する物語。
遥
そして、私が私として生きていく物語。
語り部
言えなかった言葉の形。
遥
私は、ここにいる。
奏真
聞こえてるよ。
澪
届いてるよ。
影
覚えてるよ。
語り部
物語は、終わらない。