#5 出会いその2



”音葉音楽高等学校”

その名の通り、音楽に関係する夢を志す高校生たちが集う学校である。
音楽に関係するというのは、声楽、作曲、作詞はもちろん、アイドルの育成や、歌手の育成なども行う。
さらには、裏方でもある音楽のプロデュースやライブやイベントの制作関係の教育もここで行われている。
音楽に関することであれば、何でも学べる高校である。
また、ここから排出されるほとんどの卒業生が芸能界や音楽業界にエスカレート式で上がることができ、
同時にそれほどの実力を兼ね備えることができる。

生徒数は約800人。
悠たち1学年の生徒数は、250人である。
クラス分けのシステムは1年生では試験の結果別。
2年生からは、進路別となる。


悠と玲は、Aクラスだった。
つまり、試験の成績がとても優秀な生徒のクラス、1番のクラスに分けられた。
校舎の前の掲示板に張り出されていたクラス分けを見て、一番はしゃいでいたのは玲だった。


「きゃー!!! 悠と一緒だあー!!! まじ超うれしい!!」


クラス分けの掲示の前には1年生の人ごみができていたので、

「見てくるから待ってて」と玲が悠に言ったので、悠をちょっと離れたところで待たせていた。

声を張り上げて喜んだ玲の声は、悠の所まで届いていた。
喜んでいたかと思うと人ごみをかき分け、玲は悠に向かって走ってきてぶあっと抱きついた。


「あー一緒でよかったー!!!」 


悠に聞こえない声で

「試験の成績別でクラス分けられるって知ってたから、まじ試験頑張った…」と玲がつぶやいた。
そんな玲の苦労は見ず知らず、悠はとびきりの笑顔で玲を抱きしめ返した。


「ほんと私も玲ちゃんと一緒でよかった!! またよろしくね玲ちゃん。」
「…あ、うん! 一緒に頑張ろ!!」


―…


「まだ…ぼーっとするなあ…」

子守唄という名の入学式は、眠っていた悠にとってあっという間だった。
ゆっくり眠れるはずだった朝は、愁兎と愁兎の歌によってまたあっという間に過ぎて行った。
悠はまだ眠かった。
ふらふらと眠い目をこすりながら、教室に入ろうとした。


―…どんッ


「んッ…」
「…」


(あ…誰かにぶつかった?…よね。)


「あ…すみません」


悠は、ぶつかったと思われる人の顔も見ることもなく、少し後ろに後ずさりすぐにぺこっと頭を下げた。


「…」


少し経っても何も言わないぶつかった人に、疑問を抱いたのか、悠はふと頭を上げた。
ぶつかった人は、男だった。

黒髪でふさふさした髪、耳には黒いピアス、漆黒の瞳、悠の頭1つ分くらい大きい背丈、足はながく同じ青を基調とした制服を身にまとっていた。

まるで愁兎と同じような、モデルみたいなスタイルをした彼が一歩前に居た。

悠が顔を上げても、なお何も言葉を発さない彼は、ただ悠の目をじっと見つめていた。
怒った様子もなく、感情を感じられない表情をしていながらも、彼は何かを確かめるようにじっと悠を見ていた。
そんな中、悠は当然戸惑っていた。


(え…どうしよう…とりあえず謝らなくちゃ…)


「あ…あの…ぶつかってすいませんでした」


困惑しながらも、また彼にむかって頭を下げる。


「…ぶつかったうちに入らないから、大丈夫」


二度目の謝罪の後、少しの間をおいて彼は初めて話した。
男らしい低い声、そんな中にも人を魅せるような甘い暖かさがあるような気がする声だった。
声を聞き、悠は頭を上げた。


「あ…ありがとうございます」

「てか逆にお前軽そうだから、吹っ飛んだかも」

「え…それは…だ、大丈夫です。意外に…お、重いと思いますから」

「ふっ。ならいいんだ」


(あれ、この人一瞬笑った?…)


もう一度見直そうと悠が黒髪の彼をじっとみていると、


「悠ー!!! お待たせー!」


突然声がしたと思い、廊下の向こう側を見ると、玲が手をぶんぶん振って歩いてきた。
すると悠が玲の後にみた黒髪の彼は、無表情の彼だった。
そして、彼は悠の前から去り、Aクラスの教室の窓際の一番後ろの席に着いた。


(あ、あの人の席…私の後ろの席…。)


教室の開けっぱなしのドア越しに彼を見ると、
彼は自分の席から見える外の風景をほおずえをついて眺めていた。


「…悠? どしたの?」

「ん? あ、玲ちゃん。お帰り!」


いつの間にか廊下の向こう側にいた玲が悠の目の前に来ていた。
メイクの最終チェックは終わったようだ。完璧なメイクが元通りになっていた。


玲と一緒に教室に入ると、まず目に入ったのは白いグランドピアノだった。
ピアノは教室の後ろに置かれ、真っ白のピアノは絶大な存在感であった。
そして、中学の教室では置いていない、楽譜立てやら、五線譜のかかれた黒板やら、音楽学校らしい備品が教室におさめられていた。


「…なんかさすが音楽高校…ってかんじ。」

「そ、そうだね…白いピアノ綺麗だね…」


改めて音楽高校であると実感でき、これから大丈夫かなという不安まで押し寄せてきて、
悠の気持ちはやる気と不安で複雑だった。


悠は自分の席に着こうとした時、ふと窓の景色が目に入った。

窓際の前から4番目の席が悠の席。
校門から校舎までの風景だけでなく、高校周辺の景色が一望できる席だった。


(うわぁ…綺麗…。)


今日も春の暖かい日。空は快晴。壮大な街の景色を見て、
一目でここが悠のお気に入りの席になった。
大好きな桜が一望でき、青い空が広く広く見えるからだった。

悠の後ろの黒髪の彼はそんな悠を見て、ふっとほほ笑んでまた景色を見るのであった。


#4 出会いその1



―…ご入学おめでとう…


「う…悠!!」
「うぇ…?」


玲にゆさゆさとゆさぶられる悠は、寝ていた。
もともと、長時間念仏のような話を聞かされてるのは我慢ならず、悠はすぐ寝てしまう。
入学式の校長の話が、10分以上続いているため、悠は睡魔という悪魔に負けてしまっていた。


「もう…こういう所も変わってないんだから…。ちゃんと話聴くの!」
「うん…わかったあ…」


こそこそと玲に諭され、しぶしぶ目をこすりながら話を聴いていると、またうとうとする始末。


「もう知らないー」


玲は諦めた。


―…


「う…悠! 終わったわよー!」
「うえ?」


気づけばもう入学生退場の時間だった。
高校の吹奏楽部の音楽が鳴り響いている。

玲はふらふらとする悠にしっかりしなさいとぽんと肩をたたき、玲は悠を立ちあがらせ
悠は目をごしごしとこすりながら退場するのであった。


教室に向かう最中、悠はまだ眠くて朦朧としていた。
昼間に寝てしまうとなかなか起きれないタイプで、2度寝をしてしまうとよく夕方まで寝過ごしてしまったりしていた。
その際やはり寝起きも悪く、目覚めが悪い。
ホームルームが始まるまで、メイクを直すと玲はトイレに行ったばかりで、1人教室へ通じる渡り廊下でふらふらとしていた。
悠がのろのろと歩いていたせいで、がやがやと教室棟からは話し声はするものの、渡り廊下には全く人が居なかった。
渡り廊下の手すりに手を置いて、はぅーっと息を吐いて俯いた。


(やっぱり居眠りは駄目だな…。授業もあるからちゃんと直さな…い…)

と、思っているそばから視界が一瞬真っ白になった。

手すりからは手が滑り落ち、足は力が抜けがくんと膝が折れた。
ハッと睡魔に負けたことに気付いたが遅かった。
床に顔面からぶつかることを覚悟して目をぎゅっと瞑った。


―…バッ… 「君…大丈夫?」


後ろから抱きあげられた感じがして、ふと目を開け少しだけ振り向いた。


「…今朝の…歌の人…?」


栗色のふわふわした髪が悠を支えるために少し乱れていた。
腕は片腕のみで、悠の体をしっかりと背後から支えている。
体つきはスマートだが、片腕だけで支える腕からは男の人らしい力が感じられた。


「…君は…今朝の子だね。大丈夫?具合、悪いの?」


栗色の髪の彼は、悠を支え渡り廊下の床に座らせ、壁に背をもたれさせた。


「いえ…その…寝起きが…」


「え、寝起き…? あー、君入学式、寝てたの?」


栗色の髪の彼は、悠の言葉を聞きくすくすと笑いだした。
悠は寝起きが悪くてぶっ倒れたというのを知られ、恥ずかしくて顔を真っ赤にして俯いた。


「面白いね君。そうやって今朝も顔真っ赤にしてたよね」

「えっ…見てたん…ですか?」


見られまいと桜の木の陰に隠れて顔を伏せてたのだが、栗色の髪の彼はのぞき見をしたらしい。
にこにこしながら悠の顔を覗き込んでくる。


(もっと恥ずかしいよ…)


おさまれと悠が顔を手で押さえているものの、彼が覗き込むたびに顔の火照りは増すばかりだった。
栗色の髪の彼は、まさに容姿端麗。誰からみても、格好の良い人であった。
透き通ったうすい茶色の目、小さい顔だが、目は大きく、背丈も高い。
藍を基調とした制服も、彼が着ているとファッション誌に載っててもおかしくない程に見える。

ただの女の他人の人でも免疫のない悠なのに、男の他人の更にかっこいい人となると悠はどうしていいかわからなくなってしまう。


「君…名前は? 今朝聞き忘れたから…」

「ゆ、悠です…桜庭悠…」

「悠…かわいい君にぴったりの名前だ」

「うぅ…」


のぞきこまれている上に、名前を呼ばれ、さらにかわいいなんて言われた悠は、もう恥ずかしくて蒸発しそうな勢いだった。


「俺は愁兎。橘愁兎だ。これからよろしく、悠」


「あの…よろしくおねがいします…愁兎さん」


俯きながら、最後の名前だけ音量を低くしてぼそぼそと喋った。
すると、愁兎は自己紹介の時に距離を少し置いていたのだが、また悠の顔を覗き込んでくるように近づいてきた。


「同じ学年なんだから、愁兎でね。やりなおし」

「えぇ…」

「早く言わないと、もっと顔近付けちゃうよ」


ぐっと綺麗に整った愁兎の甘い顔が悠に近づいてくる。
ぎゅっと目をつむり、悠は急に立ち上がった。


「あ…あの…! よろしくおねがいします。し、愁兎…」


しゃがみこんでいて、急に立ち上がったため見上げていた愁兎だが、ふふっと笑いだしゆっくりと立ち上がった。
そして悠の後ろに回り込んで、悠の腰に腕をまわしギュッと自分の方へ引き寄せた。


―…ふわっと風が舞い、桜の花びらが飛んでいく。


悠の耳元で愁兎はささやく。


「次は君の番だからね。君の歌聞かせてね。」


愁兎は、腰に回った手をほどく。
少ししたあと振り返った悠は、渡り廊下の先でふりふりと愛嬌良く手をふる愁兎の姿が目に映った。
悠は手を少し上げて振り返した。


#3 桜吹雪の出会い



―ピピッ…カチッ


(あれ、暗い…いつもの癖で、まだ薄暗い中起きちゃった…。)


家事全般をこなしていた悠は、習慣でまだ夜明け前に起床し、
ご飯を作っていた。
そのためか、寮生活が始まったにもかかわらず寝る前に目覚ましをかけていた。


「玲ちゃんは…起きてないね…よかった。」


ロフトの上のベットに寝ている玲は、アラームの音にすら気づいていない様子で
ぐっすりと寝息を立てていた。


(なんか起きちゃったな…この際起きてようかな…)


ベットから抜け、制服に着替える。
真新しい制服は玲に採寸してもらい、用意してもらった、新品の制服だ。
この高校では1年ごとに制服が変わる。
1年生は藍を基調とした制服で、紺のブレザーに藍のチェックのスカート、
シャツも薄い藍色である。


(制服かわいいなー…玲ちゃんありがとう…)


真新しい制服に袖を通すと、なんだか背筋がしゃきっとしてやる気がこみ上げるように、
悠は顔を固くした。


(いっぱい協力してもらったから、ちゃんと恩返ししないとな…)


鏡の前に立ち、玲とおそろいの紺色のリボンを付ける。
校則は制服の着用以外は基本自由であり、玲からお揃いで買ったリボンを付けようと言われ、
喜んでつけることにした。

今日は入学式。


(お父さんお母さん、叔母さん、今日から私は高校生になります。)


鏡の中の自分に向かって、心の中で呟く。


―ポロン…


「ん…?」


ふと、窓の外から音楽が聴こえ、そっと窓を開ける。


(こんな朝早く…だれか弾いているのかな…?)


澄んだギターの音色に誘われて、悠は耳を澄ませる。



―…はきみ……を…よ…



(…歌ってる…?)


澄んだギターの音色に合わせて聴こえてきたのは、
穏やかでやさしく、ギターの音色のように澄んだ歌声だった。
距離が遠いのか、途切れ途切れに聴こえてくる。


(ん…よく聴こえない…どこで歌ってるんだろう…)


歌に関しては、目がない悠は歌に誘われて寮を出た。
寮と校舎は繋がっている。
寮を出てちょっと歩くと、桜が咲き誇る水辺があった。

歌に誘われて、桜が咲き誇る中桜に目もくれず、悠は歌声の持ち主を探す。


(…あ、いた…)


持ち主は、水辺の近くのベンチで1人、歌っていた。
悠と同じ栗色のふわふわとしたショートの髪で、肌は白い。
同じ音葉高の藍を基調とした1年の制服を着ていた。
時折開く目は、水晶のように潤み、距離があるにも関わらず吸い込まれそうな気がした。

歌声に誘われて、なお歩みを止めない悠。
気づけばベンチのすぐ後ろの桜の木まで近づいていた。

ふと歌声とギターの音色は止んだ。


「…おはようございます。お嬢さん」

「えぇ…! あ…」


悠は近づきすぎたことに声をかけられて初めて気づいた。


「ふふっ…かわいいね…」


彼は振り向きもせず、悠の慌てようにくすくすと笑いだす。


「すみません…歌が素敵だったので、誘われてるみたいで…えっと…」


悠は焦ってしどろもどろに言葉を絞り出す。
恥ずかしいのか、手前にある桜の木の陰に隠れながら火照った顔を隠した。


「ありがとう…歌を褒められるなんて久しぶりだ…」


彼はベンチを立ち、悠の隠れる桜の木まで歩み寄る。


「えっとその…本当に素敵です。りょ、寮に聴こえてきて…もっと聴きたくて…」


桜の木の陰でぼそぼそと話すと、彼は悠と対照の位置に立ち、ふっと木に背をもたれた。


「君は歌が好きなんだね…」

「あ…はい…親が歌をよく聞かせてくれて、わ、私も歌って…喜んでくれていました。
 親は…もう居ないんですけど…歌を歌うと元気が出るというか、励まされるというか……
 生きがいみたいなものになって……って!すみません…」


一人で歌について訳のわからないことをベラベラと喋っていることに、
恥ずかしくなり、悠はうつむいた。
まるで1人で桜の木に話しかけているような、痛い感じになってしまっていた。


「君も…母親が居ないんだね…」
「えっ…?」


今の彼の一言で恥ずかしさは吹き飛んだ。


(…君も…?)


ふっと悠は顔を上げ、桜の木に手を付けたまま彼の方に歩み寄る。
その時…

―春の風が吹き、桜が舞った。

舞った桜の花びらの中の彼は、歌っていた時とは違う、冷たい寂しそうな顔をしてた。
彼は木の陰から悠を見ると、急に表情を変え、ふっと笑った。


「じゃあね、お嬢さん。また入学式で…」
「えっ…」


背を預けていた桜の木から、ふと立ちあがる。
彼は悠を見ると、ふわっと悠の頭に手を乗せた。
そして、春の風と共に歩いて行った。


―…


悠は…幻想的な出会いにボーっとしていた。
ボーっと桜の木に背を預けて水辺を見ていた。


(あの人も歌が好きなんだろうな…)


彼の澄んだ歌声や歌っている時の楽しそうな横顔が頭から消えなかった。
それほど歌っている姿が綺麗で印象深く、また悲しそうな表情も悠の目に焼き付いていた。


(…あの人一緒の学年…みたいだった。)


ふと彼が先ほどまで座っていたベンチに腰掛け、空を見上げた。
もうすでに日は昇り、空は美しい青空を描いていた。


「そういえば、桜満開…」


ぼそっと呟いた悠の目線の先には、水辺に咲き誇る何本もの桜の木が
花を咲き誇らせていた。


(また、あの人の歌聞きたいな…)