#2 悠と玲 そしてギター



「ふぅ…やっと終わったー」


寮の部屋に届いていた悠の荷物を片づけ、窓辺の壁においしょと寄りかかって座る。
荷物は段ボール4つくらいで、最低限の必要なものを持ってきていた。
朝2人は寮に着いてすぐ片づけを始め、昼過ぎに悠は片づけを終えた。

校門から歩いて10分ほどの所に、音葉高の女子寮がある。

女子寮は4階建てで、234階が生徒の生活スペースで部屋があり、一階には食堂や大浴場、談話スペース等が設けられていた。学校だけでなく寮も豪華であるが、校舎の作りとは違い寮は、ログハウスのような木造であたたかな雰囲気のある作りをしていた。
木のいい香りがして、これから過ごすということを想像して悠は胸を高ぶらせた。

2人の部屋は2階の207号室で寮の入り口正面の階段を上がって、すぐに部屋があった。
2人部屋にしては、部屋も豪華で広く、ロフトやテラスまで付いていた。

一息ついていた悠は、いそいそと膨大な量の服を片づけている玲を見た。
服全部しまえるのかな…と思いながら、学校を見た時から思っていたことを玲に聞いた。


「玲ちゃんそういえばさーもしかしてここって結構お金持ちの子が入る所?」


「悠ーあんたパンフレットとかみなかったの? 結構なボンボンさん達が入る所よ!
なんせ音楽高校なんて珍しいでしょ? しかも試験は実力で認められる面接試験か、
お金と筆記の試験でしか入れない極端な所だからね…。」

「ふぅん…」


服を片づける手を休めずに、玲は淡々と答えを返した。


(…そういえば私面接試験だったけど…受かったってことかな…?
 ん、違う。玲ちゃんがまた手配してくれたのかな…?)


木造の梁が行きわたった天井をみながら色々考えてると、
玲がはっとしたように手を止め立ち上がって悠を見た。


「はっ…!! ってか私はやっぱり見る目があったわ! 悠、あんた面接試験受けたわよね?」

「え、うん。お金かからないって言われたから一応受けてみたけど…自由に歌うって試験でね…。
 そんな楽しくて楽な試験なはずがないから…今考えると、また玲ちゃんに助けてもらったのかな…って」


悠は窓際に座って脚を伸ばしてパタパタさせ、試験の内容に今更へらへらと笑った。


(そんな楽な試験だったら、難しいなんて言われないだろうし…)


玲はそれを聞いて、悠の居る窓際に歩み寄った。


「…悠。やっぱあんたすごいわ…。」
「えっ?」


玲はしゃがみこんで、悠の両肩に手を置き、悠の目を見た。


「悠、あんたは自分の実力この学校に合格できたの。あたしもパパも悠の試験にはさすがに手出しできないよ。贔屓って思われちゃうしね。だから自分の歌の実力に自信を持って。悠の歌は誰にも負けないんだから!」


「…うん。ありがと玲ちゃん!」


これからの生活への後押しともなる玲の言葉の支えは大きかった。
悠にとって、何にでもない自信へと繋がった。


(あんまり勉強とか運動とかも、人づきあいとかもできないけど、
 これからの生活は大好きな音楽、歌がある生活なんだもんね…)


玲は、「でも悠はすごいなぁ…」とかをぼそぼそ言いながら、立ちあがり片づけを再開した。
玲の荷物は悠の倍以上もあって、ほとんどが服や化粧品、アクセサリーなどだった。
その荷物の量といい、片づけの手際の悪さといい、その光景を見ていると玲ちゃんの荷物はいるのかなー?と、悠はふと思った。
玲のあれだけの荷物が夜には片付いたのを見て、
悠は「これは魔法だ…」と目を輝かせて真面目に言うのであった。


―…


ポロン…

ギターの音が春の夜を響かせていた。
窓を開け、窓際には楽譜が並べられていた。

すっと春のにおいのする空気を吸い込み、歌う。


――


凍えるこの心を温めて
まだ見ぬ 春の光で
ぼくはなにもしらない
きみのぬくもりを
あたたかさを
ときめきを
おしえてよ …


――


ギターの音と透き通った水のような澄んだ声は途中で止まる。


「…おしえてよ…僕に…」


澄んだように見える青い瞳は、今は涙で瞳が濁って見えた。
少年はギターを弾く。


ポロン…


#1 始まりの春の日



「お世話になりました…」


育ててもらった叔母の家に頭を下げる。
今日から高校に行くというのに、叔母は見送りに来ない。


(しょうがない…さっき挨拶はしたし…)


叔母は悠に冷たい。それは悠が6歳の時に叔母の家へ引き取られてからずっと変わっていない。
両親は事故で6歳の時に居なくなってしまった。
それ以来、母親のお姉さんの家に引き取られ、育てられた。


「よし…がんばろう…」


ぼそっと自分に言い聞かせて、家の前を出た。

私は桜庭悠(さくらばゆう)。
明日から音葉音楽高校の1年生。今日は全寮制音葉高の入寮日。
親が音楽が好きだったみたいで、私も元々音楽がなんとなく好きで…
そしてずっと歌うのが好き。
だからこの高校で生活ができるなんて、まだ夢でも見てるみたいだった。


家を出ると、外は暖かく、空は青々としていた。
今日は春の日、快晴だ。
坂の道沿いにある叔母の家を出ると、犬の散歩をしている人やら、スーツ姿の人やらがちらほらと
それぞれの目的に向かって坂を歩いていた。
悠も歩みを進め、坂を下る。


(えっと、玲ちゃんまだかな…あそこの十字路のカーブミラーのとこで待ち合わせ…だっけ。)


いつのまにか桜色のキャリーケースが下り坂で悠を引っ張るようになっていた。
ごろごろとキャリーケースに引かれ、見慣れた坂を下っていく。
下った先にある十字路には、綺麗に染められた長いカールのかかった金髪の女の子が
同じようにキャリーケースを持って、カーブミラーに寄りかかって待っていた。


「悠~~!! おっはよ~!」

「あ、玲ちゃん! おはよ~」


悠に向かって、ぶんぶんと手を振る。
玲に気付いた悠はキャリーケースに引かれていた足を早め、玲に駆け寄った。

彼女は四宮玲(しのみやれい)。悠と同じ高校1年で、同じ音葉高に通い始める。
悠の幼馴染でもあり、悠の学生生活を支える、恩人でもある。


「玲ちゃん今日も気合ばっちりだね~」


玲は悠の前でも、抜かりなくヘアメイクやファッションの気遣いをする。
これは物心つく頃からずっと変わらないことであった。
マスカラを入念に付けた長いまつ毛、ほどよい桜色のチーク、綺麗にコテで巻かれたセミロングの髪
パステルカラー主体の女の子らしいシフォンワンピを身にまとい、まさに流行最先端の女の子である。
玲はカーブミラーに背を付けたまま腕を組んで誇らしげにした。


「あたりまえじゃない。アイドルはいつでも顔に気が抜けないんだから」


(玲ちゃんの夢はアイドルだもんね。かわいいし、おしゃれだし、スタイル抜群だし…)


ワンピースを着ている上からでもわかる玲の抜群のスタイルに、悠はうんうんと納得しながら、
歩き出した玲の後をひょこひょことついて行く。


「玲ちゃんならいつでもなれるよ! アイドル」

「甘いわね…アイドルの道は厳しいのよ…顔が良くても、歌が致命的だと売れないじゃない…!」

「あーあはは…」


いつもの返し言葉に悠はまたいつものように苦笑いをした。
玲は何度もアイドルになるためにオーディションを受けていた。
顔やスタイルは抜群なので、書類選考はいつも受かるものの、
実技の歌の選考になると、毎回落ちてしまう。
そして毎回のように審査員からは「歌がねぇ…」と言われてしまうのであった。
モデルになったら?とこれまたいつも勧められるが、玲は「夢はアイドルなので」と頑なに断っていた。


(玲ちゃんのアイドル好きとアイドル志望は、誰にも負けないもんね)


またもや悠は自分でうんうんと納得していた。
悠は玲の唯一無二の親友であり、よき理解者であるために、
玲のアイドルへの執着は十分理解していたのだった。

ゴロゴロとキャリーケースを引きながら、雑談をしていると
急に思いついたように玲が話を変えた。


「あ!そういえば…音葉高の寮、私と一緒にって頼んでおいたから!」

「え? 本当に? 助かったあー」

「こういう時にパパの権力を使わなきゃね!」
「玲ちゃん、玲ちゃんパパいつもありがとう。」


悠は立ち止まって玲に向かってペコリを頭を下げた。
玲は慌てて「悠ってばほんと律儀なんだから…」といって頭を挙げさせた。

玲は、ファッション業界の大手企業を数々持つ四宮財閥の社長の娘であり、
実はとっても大金持ちであった。
物心のつくころから玲と悠は一緒に居たため、両親を失った悠を支えてあげようと
資金面はもちろん、精神的にもずっと支えてきた。


悠は玲に「この恩はいつか返すね」と恩を感じるたびに言い、
中3の春に再び言われた際
「じゃあ、私と一緒の高校に入ろう」と玲は返したのであった。


「悠は超人見知りだもんね。まともな友達あたししか居ないよねーふふっ」

「うぅ…玲ちゃんはずっと一緒に居たからー。あんまり得意じゃないんだもん…。」


玲はほほえみながら悠の頬をつんつんと人差し指でつついた。
悠は涙目でぶうーっと頬を膨らませていた。

それから30分くらい歩くと、やがて桜の花に囲まれた白い大きな建物が見えてきた。


「あ、あそこだーやっと着いたー。」
「うわあー…」


中学校の通学路沿いには公立の高校しかなかったので、悠見ることがなかった私立音葉音楽高等学校。
悠の試験は、中学校での面接だったので、今回初めて見ることになった。
悠の目に飛び込んだ高校の風景は想像を超えていた。
ホテルのような外見の校舎、真っ白なの壁、中央の噴水、そして広い敷地。


(うわあ…玲ちゃん家より広い…。)


春の風にまぎれて聴こえてくる楽器の音でここは音楽学校だと認識できる。
玲は悠の前で振り返り、とびきりの笑顔で言い、手を差し出した。


「ここが音葉高だよ。悠、一緒にがんばろ!」


校門の前に立ち、悠はふうっと息を吸った。
今日は快晴の春の日。
春のにおいがした…



(ここから始まるんだね、お父さんお母さん。
大好きな音楽と一緒に、がんばります。)



悠は快晴の青空に向けて、心の中で呟いた。


「うんっ!」


悠は差し出された手を取り、スーツケースをゴロゴロと引きながら歩き出した。



”cherry blossoms”


# プロローグ



ショートボブの栗色の髪
くりっとした丸い目長いまつげ
小柄な身長に白い肌
紺色のブレザーに茶色のチェック柄のスカート

右手には黒い筒を持ち
左手には古ぼけた”君へ紡ぐ歌”とかかれたノートを持って
少女は立っていた。

桜が舞い、少女が育った街を一望できる丘に…


ふと少女は歌う…
透き通った暖かく包み込んでくれる声はまるで、
今日の春の空のようだった。



―…

さくらまう はるのあおいそら
わたしのなかにも
はるのかぜにのせて 幸せがやってくる
ほら あなたにもふいてくる
それはしあわせというなの
はるの桜ふぶき
けして散ることのない
しあわせのさくらのはな


―…



歌い終わると少女は泣く。
声もなく、静かに…
ほほに一筋の滴が流れ落ちた。

俺は、その姿をただ見ている事しかできなかった。
いや、見惚れていたんだ。
その瞬間だけは…なぜか暖かった。