北海道川湯温泉からこんばんは♪
心と身体&ストーンセラピスト・浦部ありかです。
なんとなくね、少し前から自分の振り返り作業をやりたかったんですよね。
なので、ここから少しづつ振り返ってみようかと

興味のある方は、読んでみて~

北海道網走市で生まれました

小さく生まれて、大人になった今でも小さめです(笑)
生まれてすぐ、記憶がない時に紋別に引っ越して何年か暮らします

幼稚園に上がる前まで、紋別に住んでたのかな。
この時は父の仕事のスーパーの二階に住んでいて、トイレと、姉のお遊戯会で作った白雪姫?の魔女のお面が怖かった可愛い女の子です^^
姉の授業参観だったのか、姉の通う小学校で、給食をお姉さんたちと一緒に机に座って食べさせてもらった記憶がある。
こういう事って、今の学校では考えられないのかな。
まだ幼稚園行ってなかったし、家に一人でいた記憶もあるので、みんなの仲間入りが出来たみたいで楽しかったんだと思う

その後、釧路にお引越し

釧路には小学2年の途中まで暮らしています。
幼稚園の頃はね、先生にトイレに行きたいと言えなくて、おもらしした事も何回か。
言いたい事を言えない子だったのかな、この頃から。
でも気は短くて、家族で銀行に行った時、待っていられなくて一人で勝手にバスに乗って家に帰っていたそう。
幼稚園でまだ一人でバスに乗った事がなかったから、そんな事を予想もしなかったらしく、親はかなり焦ったらしい。(ごめんなさいよ)
この出来事は私はまったく覚えていないので、大人になってから聞いて「私、やるじゃん!」と、自分の事を褒めてました(笑)
あと、この頃で覚えている事。
幼稚園でエレクトーンを習っていたのだけれど、教室で同級生の男の子が調子に乗ってはしゃいじゃってね。
その場でお母さんに注意されても収まらなくて、影に連行されてかなり大人しくなって戻ってきた。泣きながら。
この時に、お母さんって怖い存在なんだ、やべ~、と感じたような気がする(笑)
ま、私も母に怒られてたけどね。
この頃は父はまだ車の免許を持っていなくて、よく父の自転車の後ろに乗せてもらってた。
楽しかったな^^
そして父がよく食べていた食堂の豚丼には、目玉焼きがのっていたの。
なので、大人になってからもしばらくは、豚丼には目玉焼きがのってるものと思っていて、友達に私流の豚丼をふるまってたな。
あ、これは要らん情報かな

小学校に上がって、女の子のお家に遊びに行った時のこと。
ジュースを飲んだコップをその子が洗ってくれたんだけど、自分のはサササ~っと水に流すだけで、私が作ったコップは「あー、ばっちいばっちい」と言いながら洗ってた。
マジでなんだコイツと思った(笑)
それがきっかけかどうかはわからないけど、男の子とよく遊んでいた気がする。
あとあと転校の時のお別れ会の写真を見たら、私以外全員男の子だったもん

この時も、「私やるじゃん!」と想った気がする(笑)
幼馴染もいて、とても楽しかった釧路時代かな。
地震と蜘蛛は苦手だったけどね。
そうして、小学2年の夏休み期間に美幌町に引っ越すのでした

そうそう、引っ越しの時にね、手伝ってくれた両親のお友達だと思うんだけど。
大人たちの会話で「またすぐ会えるしね」という会話が聞こえてきたの。
「すぐ会えるなら、寂しくないね」と、私は別れを悲しむ事はなかったの。
でさ、母にそういう会話してたよね、すぐ会えるんだ~、という事を伝えると、
「そんな話はしていないよ」と。
おいおい、じゃあ、私が聞いた会話はなんだったんだー

と、摩訶不思議な感じで、釧路での生活を終えたのでした。
人生の途中から書こうとしてたのに、生まれたところから書いてしまった。
私の人生振り返り、まだまだ続きます

うふふ
お付き合いくださいませ
後半に行くに連れて、文章力上がると良いな~^^
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
軽やかで素直な時をお過ごしください♪
感謝を込めて☆