北海道川湯温泉からこんばんは♪
心と身体&ストーンセラピスト・浦部ありかです。
よく心配している、とか、心配だ、とか言うけれど。
そこには、その人に良くなって欲しいという願いがあるのだと想うけれど。
心配だとね、なんだか 良くない事前提、な気がして。
良くない事を前提にしてしまうと、そりゃ、そのまま良くない事になってしまうよね。
想いが自分の世界を創るから。
祈りを捧げる時もそう。
心配しながら捧げる祈りと
その人の力を信じ切り、ただただ最善の光を平安な気持ちのままで捧げ感じる祈りとでは、
届く祈りの力の種類は、まったく違ってくる。
人の想いは、想いを持つだけで届くからね。
心配=信じていない
という事だと思うの。
最悪と思われる事でさえも、その中での最善というモノは必ずあると想う。
だから、離れたところから想いを飛ばすならば、その相手の今最善の光を平安な気持ちのまま送ってあげると良いかな。
大丈夫かな、大丈夫かな。という心配のエネルギーは、重いだけです。
(↑ここは、きっぱりと言います)
「人を想う」
という時の参考になれば幸いです^^
必要な方の元へ届きますように

あ、祈りだとか光だとか言っていますが、いかなる宗教とも一切関わりはございません。
(↑こういうの書いたほうが良いのかな~、と感じて書いてみたよ)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
やわらかで健やかな時をお過ごしください♪
感謝を込めて☆