さて、この感動するお話の感想や、子供と大切なものとのお別れの話をするのではありません
これを学校で学んで、家で初めての音読の宿題をする長男のお話
「ママ〜〜今日は犬がだんだん歳をとって、太って死んでしまうお話だよ」
私 …「そうなんだ〜〜太ってって…どんな話⁉️(笑)」
じーっと私を見てスラスラ読み進める長男…そしてふと途中でとまって…
「ママ、今から死んでしまう場面…でもねママ悲しまないでね…
これは遠いところのお話…全然関係ないの…だから悲しまないでね…
じゃ…読むからね」と…
一瞬にして私は悟りました…この子の優しい繊細な心遣いに…
長男が2歳の時に頼り切っていた大好きな母を、全くの突然に亡くした私は、泣き続けました…
子供に涙は見せまい…という母親もいるかと思いますが、私は用意していなかった突発の深い哀しみに耐え忍ぶ事も隠す事もなく、何を見ても涙を流し続け、他人の「死」という事にもあまりに敏感になってしまっていました
まだ小さかった長男には当時のも事の記憶はないものの、「大切なものの死」=「ママが悲しむ」ということが深くインプットされてしまっていたんですね
そんな気遣いをさせてしまった事に申し訳なく思うと同時に、人の悲しさに敏感に察せれる優しさにグッとくる気持ちと、その繊細さが弱さではなく、この子の強さになってくれる事を願ったり…と…いろいろな複雑な思いが渦巻きました
あれから4回ほど毎日犬のエルフの音読の宿題はあるのですが…なんと一回もエルフが死んでしまう場面は出てこないんです
だって…毎回長男によって、飛ばされてるんですよ…すっぽりと
子供は無意識で生きている…そうです
全く悪意なく綺麗なそのまんまるな心に、私は親として日々反省して、またまたどうやって接していくべきなのか、決して邪魔をしたり、歪ませたりしたくはないなぁ〜〜と迷走するのでした