これまでで最長の未更新となってしまいました。すみません。
7月下旬から8月中は楽しいことがたくさんありすぎて更新をさぼっていましたw
そして9月からは悲しいことがあってしばらく思考停止していました。
異国で暮らしていると、楽しい事はより楽しく感じるし
悲しいことはより悲しく感じるんだなと実感しています。
どちらにせよ、まだ全快とはいきませんなんとか元気にやっています。
最近の出来事を簡単に紹介します。
8月
-プライドパレードに感動
-ゲイナイトクラブ
-ヌーディストビーチ初体験(自分は脱がなかったけど)
-ホームステイ終了→ダウンタウンに引越し
-友達カップルとBBQ
-グラウスマウンテン登山で死にそうになる
-シアトル旅行楽しかった
9月
-友達カップルに絶交宣言される
-語学学校最後のプレゼンでカミングアウトしてみる
-語学学校終了
-日本食カフェでバイト始める
-LGBTバンドに参加し始める
-現在に至る
バンクーバーの夏は日本とは違い快適な気候だし、楽しいことが目白押しでした。
一生の友達になりそうな人たちとも出会えてこれからバンクーバー生活が盛り上がっていく
という矢先に友達カップルから絶好宣言。。
詳しいことは書けませんが、彼らの幸せを守るためには
僕との関係を切る必要があったようです。悲しいことです。
僕は、どんなに厄介な問題が起こったとしても現実から目を背けずに
当事者全員ハッピーになれるような解決策を見つけたいと思っています。
しかし彼らの考え方は違ったらしく、厄介者を切ってなかったことにしようと決めたようでした。
こちらに来て初めてネガティブな気持ちになりました。
自分はよくないことも自分への試練と思って乗り越えて行きたい派です。
でも想定外の理不尽なことが起こるとそう冷静でいられなくなることが分かりました。
(ちなみに僕が一番嫌いな言葉は、「不可抗力、理不尽、不条理」です。)
高校生時代に外国行きを諦めたときのように不安定な精神状態になっております。
せっかく会社辞めて、お金貯めてカナダに来たのにまたこんなことになって堪るか!と、
半ば怒りに近い感情が湧いてきてイライラしたりもします。
いつもにまして支離滅裂な文章ですみません 汗
とりあえず、体は元気です。
落ち込んだときこそ外に飛び出していろいろなことにチャレンジして行こうと思っています。
学校も終わったのでそれに替わる勉強もしなければいけません。
カナダで起こる事は全て自分を強くするための修行です。
僕は逃げ出さずに前だけ見て進んで行こうと強く決心したのでした。
今回は近況の報告を一旦お休みして別のことについて書いてみたいと思います。
カナダに来るちょっと前に今の自分がどういう状態なのか考えていました。
そして自分を客観的に観察したいと思ったので、
自分の状況を書き出してみることにしました。
カナダ行きに至るまでの僕はとても頭の中がモヤモヤしていました。
(今もまだモヤモヤしています。)
なんでこうもモヤモヤとした感覚が払拭できないのか原因を考えてみました。
モヤモヤの種と思われること
①将来の不安(ゲイとしてのライフスタイルが明確でない)
②仕事にやりがいを見出せずに20代が終わった=やりたい仕事がない
いい年してこんなことでフワフワしているのは情けないなと思っています。
これらの不安を放置し続けたせいで日々の生活への満足度が
どんどん下がっていきますので解消しなければいけません。
このままではアカン訳です。
まず①について。
これは環境的要因と僕要因の二つの理由があると考えています。
環境要因としては、身の回りにお手本とするゲイのロールモデルがいないこと、
日本の法律や制度がゲイとして生きていくための環境をまったく保証していない
ことなど。
僕要因としては、将来を一緒に歩んで行く相手がおらず、まだその覚悟もないことでしょうか。
それでも人生の伴侶と呼べる相手と出会って生活している
知り合いはいます。
自分なりにやり方を見つけて生活していくことは可能だと思います。
でも、それが永続的に続くかどうかは本人たち次第です。
①についてはいますぐ自分だけでどうこうできることではないという結論に至りました。
今できることは、いつなんどき出会うか分からない運命の人を逃さずキャッチすべく自分を磨くことだけです。あとはそういう覚悟を決めてブレずに生きて行くための精神力が必要ですね。
ただし、カナダへいく動機のひとつに同性婚が可能であることはあります。
法律だけでなく、マイノリティへの差別が少ない風土がある国だと聞いたため
そういった環境要因を取っ払えると考えたのです。
もちろんカナダで旦那さんを見つるためではありませんが、
そういった環境で自分の将来のライフスタイルを作る為のヒントを見つけられたらいいなと思っています。
続いて②についてです。
こればっかりは自分で答えを見つけなければいけない問題だと思っています。
誰かに教えてもらったり、強制されるものではないですね。
なぜ今こんな状態になっちゃったのかという振り返りから。
僕にとって将来どんな仕事に就きたいかを考える時期は高校生3年生の頃でした。
しかし、当時の僕はゲイである自分の将来に悲観的でした。
そして好意を抱いていた同級生(もちろん男子)にカムアウト&その悩みを打ち明けたところ
交友を拒絶されたという出来事がありました。
世の中に必要のない存在として生まれてしまったんだと思うのと同時に、
人を信じたら必ず裏切られるというトラウマになりました。
これが理由で僕は鬱状態になりました。
そんな状態で大学受験を迎えました。
ゲイが異常ではないことは理解していましたが、絶望的な将来しか
ないと思い込んでいました。自暴自棄で毎日死にたいと思っていました。
そのため、将来の展望も受験する大学もどうでもよかったのです。
どうせ死ぬのだからと。(思い返してみると本当に病んでいた・・・)
そんな状態でくじ引きのごとく選んだ大学に進学し(お母さんごめんなさい!!)、
いつの間にか就職活動の時期を迎えました。
依然として自分の中では将来絶望説が有力な状態でしたから、
ろくに就職活動もせず、とりあえず内定をもらった会社にそのまま就職しました。
そこから何回か転職しましたが、学生時代に特別な勉強もスキルも
身に付けてこなかったため収入もあがりませんでした。
また、働きながらスキルアップをしようという向上心もありませんでした。
ところが、徐々に将来絶望説がどんどん弱くなっていきました。
23歳のときにゲイの吹奏楽団に入ったのです。
その音楽活動を通じてたくさんのゲイの友人ができました。
多様なゲイの生き方を見る機会も増えたし、将来についてポジティブな情報もたくさん得ました。
友達が増えるとともに、自分の気持ちもどんどん明るくなってくるとやがて恋人もできました。
誰かと一緒に歩んでいくのって素敵だなということを知りました。
すると次第に、希望に満ちた人生を送りたいという願望が強くなっていきました。
希望が芽生えると、絶望時代から続く惰性のような社会人生活には
明るい未来が待っていないこともはっきりと分かるようになってきました。
そして、本当は自分は何をしたかったのかを考えるようになりました。
英語が好きだった高校生当時の僕はアメリカのドラマを毎週張り付くように見たり、
勉強もがんばっていました。
大学に入ったら外国に勉強しに行きたいとも思っていました。
いろんな国の人と一緒に働いてみたいと夢見ていました。
トロンボーンが好きだし、音楽が大好きなので
音楽経験が何かに繋がっていけばいいなとも思いました。
その後まもなくして絶望時代に突入してしまったのですが。
音楽、英語・・・
こんなざっくりしたレベル感のままやりたいこと探しが知りきれとんぼ状態だったのです。
そして、その続きを再開しようと決心しました。
まさに、いつやるの?今でしょ!!です。
この部分と向き合って乗り越えていかない限り
自分の人生は本当の意味で動き出さないとやっと気づいたんです。
この①と②によってカナダ行きを決めました。
もちろんこの決断って周りから見ると、
「いい年で現実逃避して自分探ししてる痛い人」としか思われず、
やめるように諭す人や懐疑的なことを言う人もいました。
でも自分の問題なので自分で決めるしかないわけで、
そのためのプランを実行しようと堅く自分に誓ったのです。
蓋をしておきたい部分でもありますが、
放置する訳にも行かない部分でもあるので
敢えてこうやって書き出してみました。
カナダに来るちょっと前に今の自分がどういう状態なのか考えていました。
そして自分を客観的に観察したいと思ったので、
自分の状況を書き出してみることにしました。
カナダ行きに至るまでの僕はとても頭の中がモヤモヤしていました。
(今もまだモヤモヤしています。)
なんでこうもモヤモヤとした感覚が払拭できないのか原因を考えてみました。
モヤモヤの種と思われること
①将来の不安(ゲイとしてのライフスタイルが明確でない)
②仕事にやりがいを見出せずに20代が終わった=やりたい仕事がない
いい年してこんなことでフワフワしているのは情けないなと思っています。
これらの不安を放置し続けたせいで日々の生活への満足度が
どんどん下がっていきますので解消しなければいけません。
このままではアカン訳です。
まず①について。
これは環境的要因と僕要因の二つの理由があると考えています。
環境要因としては、身の回りにお手本とするゲイのロールモデルがいないこと、
日本の法律や制度がゲイとして生きていくための環境をまったく保証していない
ことなど。
僕要因としては、将来を一緒に歩んで行く相手がおらず、まだその覚悟もないことでしょうか。
それでも人生の伴侶と呼べる相手と出会って生活している
知り合いはいます。
自分なりにやり方を見つけて生活していくことは可能だと思います。
でも、それが永続的に続くかどうかは本人たち次第です。
①についてはいますぐ自分だけでどうこうできることではないという結論に至りました。
今できることは、いつなんどき出会うか分からない運命の人を逃さずキャッチすべく自分を磨くことだけです。あとはそういう覚悟を決めてブレずに生きて行くための精神力が必要ですね。
ただし、カナダへいく動機のひとつに同性婚が可能であることはあります。
法律だけでなく、マイノリティへの差別が少ない風土がある国だと聞いたため
そういった環境要因を取っ払えると考えたのです。
もちろんカナダで旦那さんを見つるためではありませんが、
そういった環境で自分の将来のライフスタイルを作る為のヒントを見つけられたらいいなと思っています。
続いて②についてです。
こればっかりは自分で答えを見つけなければいけない問題だと思っています。
誰かに教えてもらったり、強制されるものではないですね。
なぜ今こんな状態になっちゃったのかという振り返りから。
僕にとって将来どんな仕事に就きたいかを考える時期は高校生3年生の頃でした。
しかし、当時の僕はゲイである自分の将来に悲観的でした。
そして好意を抱いていた同級生(もちろん男子)にカムアウト&その悩みを打ち明けたところ
交友を拒絶されたという出来事がありました。
世の中に必要のない存在として生まれてしまったんだと思うのと同時に、
人を信じたら必ず裏切られるというトラウマになりました。
これが理由で僕は鬱状態になりました。
そんな状態で大学受験を迎えました。
ゲイが異常ではないことは理解していましたが、絶望的な将来しか
ないと思い込んでいました。自暴自棄で毎日死にたいと思っていました。
そのため、将来の展望も受験する大学もどうでもよかったのです。
どうせ死ぬのだからと。(思い返してみると本当に病んでいた・・・)
そんな状態でくじ引きのごとく選んだ大学に進学し(お母さんごめんなさい!!)、
いつの間にか就職活動の時期を迎えました。
依然として自分の中では将来絶望説が有力な状態でしたから、
ろくに就職活動もせず、とりあえず内定をもらった会社にそのまま就職しました。
そこから何回か転職しましたが、学生時代に特別な勉強もスキルも
身に付けてこなかったため収入もあがりませんでした。
また、働きながらスキルアップをしようという向上心もありませんでした。
ところが、徐々に将来絶望説がどんどん弱くなっていきました。
23歳のときにゲイの吹奏楽団に入ったのです。
その音楽活動を通じてたくさんのゲイの友人ができました。
多様なゲイの生き方を見る機会も増えたし、将来についてポジティブな情報もたくさん得ました。
友達が増えるとともに、自分の気持ちもどんどん明るくなってくるとやがて恋人もできました。
誰かと一緒に歩んでいくのって素敵だなということを知りました。
すると次第に、希望に満ちた人生を送りたいという願望が強くなっていきました。
希望が芽生えると、絶望時代から続く惰性のような社会人生活には
明るい未来が待っていないこともはっきりと分かるようになってきました。
そして、本当は自分は何をしたかったのかを考えるようになりました。
英語が好きだった高校生当時の僕はアメリカのドラマを毎週張り付くように見たり、
勉強もがんばっていました。
大学に入ったら外国に勉強しに行きたいとも思っていました。
いろんな国の人と一緒に働いてみたいと夢見ていました。
トロンボーンが好きだし、音楽が大好きなので
音楽経験が何かに繋がっていけばいいなとも思いました。
その後まもなくして絶望時代に突入してしまったのですが。
音楽、英語・・・
こんなざっくりしたレベル感のままやりたいこと探しが知りきれとんぼ状態だったのです。
そして、その続きを再開しようと決心しました。
まさに、いつやるの?今でしょ!!です。
この部分と向き合って乗り越えていかない限り
自分の人生は本当の意味で動き出さないとやっと気づいたんです。
この①と②によってカナダ行きを決めました。
もちろんこの決断って周りから見ると、
「いい年で現実逃避して自分探ししてる痛い人」としか思われず、
やめるように諭す人や懐疑的なことを言う人もいました。
でも自分の問題なので自分で決めるしかないわけで、
そのためのプランを実行しようと堅く自分に誓ったのです。
蓋をしておきたい部分でもありますが、
放置する訳にも行かない部分でもあるので
敢えてこうやって書き出してみました。
こんにちは。
どんどんリアルタイムな出来事に更新が追いつかなくなっております 汗
ということで先週半ばから今日までのできごとをダイジェストでーw
(手抜きですみません!)
7/11(木)フリーの英会話クラスに参加
友達に誘われてフリーの英会話クラスに参加してきました。
カフェに集まってフリートークをします。
この日はアジア系の人が多かったです。いつもはもっといろんな国の人が集まるらしいです。
自分は中国と韓国と日本からの留学生達とおしゃべるを楽しみました、
日本人と英語だけでしゃべるのは初めての感覚でしたが、
なぜか、日本人の不完全な英語から微妙なニュアンスが理解できるという不思議な体験もしましたw
やっぱり同じ文化を持っているって大きなことなんですね。
毎週やっているとのことなのでまた行ってみよっと!
7/12(金)ギリシャ料理屋さん/携帯電話買う/English Bayに行く
日本人の友人に彼の韓国人の友人を紹介してもらって一緒に遊びました。
まずはStepho'sというギリシャ料理屋さんでランチ♪
ここは地元でも人気のお店らしく自分たちが入ったあとには行列ができていました。
僕はビーフの串焼きとライスとサラダのプレート頼みましたが、
確か8ドルくらいで割とお手頃です。味もおいしかったですよ。
その後、僕の携帯電話選びにつきあってもらいました。
ネットは部屋でwifiを使ってできるので、通話と簡単なテキストメッセージングが
できるプリペイドの携帯電話を買いました。月20ドルです。安いです。
その足で3人でEnglish Bayというビーチまで歩きました。
日差しが強くてめっちゃ暑かったので
アイスクリーム買ってからビーチへGO!
露出高めのお姉さんやお兄さんがたくさんいましたw
初対面だった韓国人の彼は、ベトナム出身の彼と付き合っているそう。
お付き合いもだいぶ長く、バンクーバーで仕事もしているため
カナダに生活の基盤ができているようでした。
すごくうらやましい。
日本人の友達もそうだけど、
ゲイとしてのライフスタイルを作って実践している人を見ると
俄然モチベーションがあがります。
この国にはいろいろな可能性があるってことだもんね。
7/13(土)Davie StreetでBeer
この日はPlaylandという遊園地のGaydayで安く遊べるため
友達からお誘いをいただいていました。
しかし、ディズニーランドのビッグサンダーマウンテンも乗れないくらい
びびりの僕は到底無理だと判断しお断り。。
でも、その後にみんなで飲む予定だっていうんでそこから合流させてもらいました。
待ちに待ったゲイストリート・Davie Streetデビューです!
僕が到着すると既に友達と彼の友達の方がそろっていて、
さっそくお酒をオーダーしました。
とっても暑い日だったのでもちろんビールで乾杯!
ほろ酔いになったところで食事をするために日本食屋さんに移動。
「侍」というお店でした。
店内はスタッフの方も日本語が話せる方が多いため日本の居酒屋にいるみたい。
僕は天丼をオーダーしました。確か7ドルくらいだったかな。安いです。
味は日本で食べる天丼とほとんど同じだったと思う。一気に満腹になりました。
そのあと合流した別のカップルの新居へみんなでお邪魔することに。
海辺にあるコンドミニアムで高層階に住んでいらっしゃいました。
家の中はまるで展望ラウンジ。
こんな生活している人もいるんだなと驚きました。
素敵な夜景を見ながらワインを飲んで、各カップルのカナダでの
苦労話を聞かせてもらいました。
後日また個別にいろいろインタビューしてみたくなっちゃったw
この日は夜の12時を回ったところでお開きに。
7/14(日)いよいよホームステイ先に移動!
この日は友達カップルに車でホストファミリー宅まで届けてもらいました。
ステイ先はバーナビーの郊外にある家で結構大きいです。
さあ、いよいよ家族とご対面です。
緊張しながらドアをノックすると、間もなくきさくなお父さんが迎えてくれました。
笑顔の素敵なフレンドリーなパパです。
気難しい人だったらどうしようと散々心配していたんだけど、
一気に不安も吹き飛んじゃった。
とりあえず、僕の使わせてもらう部屋に通してもらいました。
7畳くらいある個室にテレビとデスクとベッドがあります。
窓からは大きな空が見えます。
このときやっと、自分の新しい生活が始まるんだと実感しました。
うまく言えないけど、感動してじーんとするような気持ちになったんです。
しばらくしてお母さんが帰宅しました。
このお母さんが美人なのです。スタイルもすばらしいし、奇麗でおしゃれ!
ブティックやデザイン関係の仕事でもしてそうな雰囲気(まだ職業は聞けてない)
彼女に家中の説明とルールの説明、学校までのバスの乗り方などを教えてもらいました。
この夫婦には何人か子供がいて、
そのうちの長男は僕の一つ年下だそう。
ここで僕の年齢を確認されたのですが、30歳には見えない!と言われました。
日本では35歳と名乗っても誰も疑ってくれないほどなのに 涙
21、22歳かと思ったんだって!!嬉しー!
そして長男は今月結婚するらしいです。すごく嬉しそうに話してくれました。
その下に娘さんと次男がいるのですが、この次男が僕の弟と同い年(20歳)。
これを伝えたら、すごく親近感持ってくれたみたいでいろいろ質問攻めに合いましたw
ここのお父さんの誕生日と僕の誕生日が一日違いということも分かり
「いろいろ似通ってるところがあって素敵ね!」とはしゃぐお母さん。
かわいいw
この家には他にも4名留学生が滞在しているのですが、
僕以外は全員中国人。。
これはちょっといただけないです。
よりによって同じ国の人をこんなたくさん集めるなんて。。汗
だから食事のときは中国語でしゃべりだすし 怒
肝心の食事ですが、非常にカナダらしい感じでした。
この日はピザとサラダとチキン。
非常にヘビーでしたが、こういうジャンキーな食べ物が好きな僕にとっては
嬉しいかぎり。これ間違いなく太ります。
運動しなきゃね。
ということで翌日の学校初日備えて早めの就寝。
学校初日編はまた明日更新します。
ではまた!
どんどんリアルタイムな出来事に更新が追いつかなくなっております 汗
ということで先週半ばから今日までのできごとをダイジェストでーw
(手抜きですみません!)
7/11(木)フリーの英会話クラスに参加
友達に誘われてフリーの英会話クラスに参加してきました。
カフェに集まってフリートークをします。
この日はアジア系の人が多かったです。いつもはもっといろんな国の人が集まるらしいです。
自分は中国と韓国と日本からの留学生達とおしゃべるを楽しみました、
日本人と英語だけでしゃべるのは初めての感覚でしたが、
なぜか、日本人の不完全な英語から微妙なニュアンスが理解できるという不思議な体験もしましたw
やっぱり同じ文化を持っているって大きなことなんですね。
毎週やっているとのことなのでまた行ってみよっと!
7/12(金)ギリシャ料理屋さん/携帯電話買う/English Bayに行く
日本人の友人に彼の韓国人の友人を紹介してもらって一緒に遊びました。
まずはStepho'sというギリシャ料理屋さんでランチ♪
ここは地元でも人気のお店らしく自分たちが入ったあとには行列ができていました。
僕はビーフの串焼きとライスとサラダのプレート頼みましたが、
確か8ドルくらいで割とお手頃です。味もおいしかったですよ。
その後、僕の携帯電話選びにつきあってもらいました。
ネットは部屋でwifiを使ってできるので、通話と簡単なテキストメッセージングが
できるプリペイドの携帯電話を買いました。月20ドルです。安いです。
その足で3人でEnglish Bayというビーチまで歩きました。
日差しが強くてめっちゃ暑かったので
アイスクリーム買ってからビーチへGO!
露出高めのお姉さんやお兄さんがたくさんいましたw
初対面だった韓国人の彼は、ベトナム出身の彼と付き合っているそう。
お付き合いもだいぶ長く、バンクーバーで仕事もしているため
カナダに生活の基盤ができているようでした。
すごくうらやましい。
日本人の友達もそうだけど、
ゲイとしてのライフスタイルを作って実践している人を見ると
俄然モチベーションがあがります。
この国にはいろいろな可能性があるってことだもんね。
7/13(土)Davie StreetでBeer
この日はPlaylandという遊園地のGaydayで安く遊べるため
友達からお誘いをいただいていました。
しかし、ディズニーランドのビッグサンダーマウンテンも乗れないくらい
びびりの僕は到底無理だと判断しお断り。。
でも、その後にみんなで飲む予定だっていうんでそこから合流させてもらいました。
待ちに待ったゲイストリート・Davie Streetデビューです!
僕が到着すると既に友達と彼の友達の方がそろっていて、
さっそくお酒をオーダーしました。
とっても暑い日だったのでもちろんビールで乾杯!

ほろ酔いになったところで食事をするために日本食屋さんに移動。
「侍」というお店でした。
店内はスタッフの方も日本語が話せる方が多いため日本の居酒屋にいるみたい。
僕は天丼をオーダーしました。確か7ドルくらいだったかな。安いです。
味は日本で食べる天丼とほとんど同じだったと思う。一気に満腹になりました。
そのあと合流した別のカップルの新居へみんなでお邪魔することに。
海辺にあるコンドミニアムで高層階に住んでいらっしゃいました。
家の中はまるで展望ラウンジ。
こんな生活している人もいるんだなと驚きました。
素敵な夜景を見ながらワインを飲んで、各カップルのカナダでの
苦労話を聞かせてもらいました。
後日また個別にいろいろインタビューしてみたくなっちゃったw
この日は夜の12時を回ったところでお開きに。
7/14(日)いよいよホームステイ先に移動!
この日は友達カップルに車でホストファミリー宅まで届けてもらいました。
ステイ先はバーナビーの郊外にある家で結構大きいです。
さあ、いよいよ家族とご対面です。
緊張しながらドアをノックすると、間もなくきさくなお父さんが迎えてくれました。
笑顔の素敵なフレンドリーなパパです。
気難しい人だったらどうしようと散々心配していたんだけど、
一気に不安も吹き飛んじゃった。
とりあえず、僕の使わせてもらう部屋に通してもらいました。
7畳くらいある個室にテレビとデスクとベッドがあります。
窓からは大きな空が見えます。
このときやっと、自分の新しい生活が始まるんだと実感しました。
うまく言えないけど、感動してじーんとするような気持ちになったんです。
しばらくしてお母さんが帰宅しました。
このお母さんが美人なのです。スタイルもすばらしいし、奇麗でおしゃれ!
ブティックやデザイン関係の仕事でもしてそうな雰囲気(まだ職業は聞けてない)
彼女に家中の説明とルールの説明、学校までのバスの乗り方などを教えてもらいました。
この夫婦には何人か子供がいて、
そのうちの長男は僕の一つ年下だそう。
ここで僕の年齢を確認されたのですが、30歳には見えない!と言われました。
日本では35歳と名乗っても誰も疑ってくれないほどなのに 涙
21、22歳かと思ったんだって!!嬉しー!
そして長男は今月結婚するらしいです。すごく嬉しそうに話してくれました。
その下に娘さんと次男がいるのですが、この次男が僕の弟と同い年(20歳)。
これを伝えたら、すごく親近感持ってくれたみたいでいろいろ質問攻めに合いましたw
ここのお父さんの誕生日と僕の誕生日が一日違いということも分かり
「いろいろ似通ってるところがあって素敵ね!」とはしゃぐお母さん。
かわいいw
この家には他にも4名留学生が滞在しているのですが、
僕以外は全員中国人。。
これはちょっといただけないです。
よりによって同じ国の人をこんなたくさん集めるなんて。。汗
だから食事のときは中国語でしゃべりだすし 怒
肝心の食事ですが、非常にカナダらしい感じでした。
この日はピザとサラダとチキン。
非常にヘビーでしたが、こういうジャンキーな食べ物が好きな僕にとっては
嬉しいかぎり。これ間違いなく太ります。
運動しなきゃね。
ということで翌日の学校初日備えて早めの就寝。
学校初日編はまた明日更新します。
ではまた!