キミは神にでもなるつもりかい??


とあるアニメの白い謎の生物のお言葉です。
そして「困っている人がいたら全力で助ける!!」と思っていた時に現実に連れ戻してくれた言葉でもあります。


正直、困っている人がいたら全力で助けるって言葉を間違った捉え方をすると、自分自身を崩壊させ、関わった相手をも不幸に変えてしまうんです。なので、今回は「困っている人がいたら全力で助ける!!」という言葉の受止め方について少し考えてみたいと思います。


全力で助けるときに大切にした方がいい考えが2つあります。
1つ目は、自分自身変化しようと目標達成することにコミットしているけど方法がわからず困っている人であること。
2つ目は、自分の価値観を相手に押し付けないこと。


なぜ、目標にコミットして方法がわからず困っている人に限定するのか?困っている人がいるなら全員助けてあげればいいじゃん!と思う方もいるかもしれません。むしろ昔の私自身そのようなことを考えた時期もあります。

 


ちなみに、困っている人をすべて助ける人を救世主といいます。そして、目標にコミットして方法がわからない人を導き人をリーダーといいます。ではなぜ、救世主ではなく、リーダーでなければいけないのでしょうか?


その理由は明確で、困っている本人が自分自身を信じて行動しないと変化は起きないからです。どれだけ、困っている人のために自分自身が頑張っても相手が行動しなければ変化は起きずに助けることもできません。
 

 

それよりも、今すぐ助けて欲しい!どうすればいい??と相手から自分の方へ向かって走ってくる人の方が一瞬で変化していきます。


『自分自身を大切にできない奴は仲間も守れない。自分のことを大切にできているか?まずは自分が一番だぞ!そのあとに仲間だ!自分を一番にできない奴はいざという時に仲間も守れない!』


とある方がいっていた言葉です。ただこの言葉を聞いた時、ものすごく簡単に思えてとても難しいことだと私は感じました。“自分を大切にするってなんだろう??”って!!
苦しいことから逃げる事なのか?無理をしすぎない事??それって本当に自分を大切にしているってことなのだろうか??


何か新しいことにチャレンジしようとしたときって、恐怖や不安って必ず出てくると思うんです。逃げたい・・・ツライ・・・って
 

 

でもそこで自分が大切だからやめよう!!と思ってしまうと何もできなくなり、行動することをやめて、自分の世界に閉じこもったり現時点から何も変わらず、ずっと子供のままじゃないのか?って!!


だから、自分のことを大切にすることは、苦しいことや無理をしすぎないことではないと私は思うんです。では、自分を大切にすることとは何か?私は、自分の心で決めた信念や強い思いを最後までやり抜くことだと思っています。

 

 

なぜなら、自分の思いって自分だけが一番最後まで信じてあげないと誰も信じてくれないから。心からやりたいことって、誰よりも自分が大切にして育てていかないと、形のないものだからすぐに壊れちゃうんです。だからこそ、誰かの目線や意見が気になるかもしれないけど、誰よりも自分自身が自分の心だけは大切にしなくちゃいけないんじゃないかなって。


時には、自分は間違ってるんじゃないかと思う時もあるし、傷つけられて、身体的にダメージがでてくるときもある。そんなときに逃げるなとか休むなと言ってるわけではないです。自分を大切にすると考えた時に何を一番大切にしなくちゃいけないのか?といことを言いたいだけです。

 


自分の体も大切に、だけども何より自分の心、強い思いを一番優先順位を高くして大切にした方がよりよくなります。


将来的にたくさんの人を助けて輝いていく無限の連鎖を作っていくためにも、基準となる自分自身の心や強い思いを大切にし、そのあとに身体や生活環境などを大切にした方がより人間らしく繋がり続け、関わった相手もよりよい変化していきます。


話を戻すと、相手からコミットして変化しようと苦しんでいる人を優先的に助けていくのですが、お互いが自分の心を大切にして関わっているか確認しながら関わることがとても重要となってきます。

 


ただ、相手からコミットしてしてる歩みよってくれる人を優先的に助けていく必要があるのですが、もう一つ大切にしておく必要があります。それが、自分自身の価値観を押し付けないということです。自分自信少しばかり過去を振り返ると、悩んだり、困っているとき、助けて欲しいと思った時って何かしら敗北や他と違いを感じた時が多いのではないかと考えています。
 

 

これまで会ってきた方たちは、1人1人大切な価値観や思いを思っています。ただ、他者からの一方的な価値観を押し付けられたり、多数派の考えから外れたときに感じると。


前提としてこの世の中には悪も正義もなく全く同じ人間もいません。極端な話、あなたの考えや信念が仮に正しいと思いそれ以外の考えは許さない!!という正義を押し付けている限り、この世の中の中の人間が2人になったとしても必ず悪が生まれ対立は生まれます。


赤ちゃんや子供の頃は生きていくためにお腹がすいたり不快に感じたら泣くことで自分の主張を通します。

 

 

ただ、様々な経験から自分の頭で考え会話を通して知恵を生み出すことができるようになった今だからこそ、一方的に自分自身の意見を相手に押し付けようとするよりは相手を受け入れられるようになるほうが、相手を傷つけずに困っているときに助けられるようになるんです。


自分の価値観を相手に押し付けずに相手の意見を受け入れるだけでもいいのか?というとそれだけでは相手を助けるのには足りません。助けを求めている人を変化させることを考えると時には導く必要もでてきます。

 


その時に大切にしてもらいたいのは、それは愛に基づくものなのかということです。自分の実績や失敗を恐れて『自分のことを考えて相手に接していないか?』ということです。


世の中には意外と自分のことしか考えていない人も大勢います。もちろん相手のことを思いやって愛を注いでくれる人を多くいます。ただし大切なのはバランスなのではないかなと私自身は思います。


自分自身を大切できているか?自分を愛することは出来ているか?これが原点です。ただし、それだけではなく自分と同じように相手にも愛情をもって接することができているか。もしも、相手を助けたいと思っているのであれば、大切にしてもらえると嬉しいです。


人には得意とする人、苦手な人など完全に一緒になることはなく、自分だからこそ届く人というのも必ずいます。だからこそ、救世主になるのではなくリーダーとして助けを求めている人に手を差し伸べる。自分自身の価値観を相手におしつけるのでは、自分自身を愛し、同じぐらい相手を愛することで、みんなで手を取り合って良い変化をしていけます。


もしも、読んでくださっているあなたが、相手を助けてあげようとしているのであれば参考にしてみてください。

「そういえば、“有末さんはいつもよくやってくれて助かっています!”
ってお客さんが褒めてましたよ!!」


仕事の関係者から上司に対して伝わった一言です。


なんだ~ただの自慢か?と思われる方もいるかもしれませんが、自慢がしたいわけではありません。今回の内容は、もしも仕事の中で上司に対して自己アピールが苦手だったりする方は、特に役に立つことじゃないかなと思います。


会社に勤めているいないに関わらず、どんな方でも半期に1度ぐらいは自分自身を振り返り、反省する時間を作るのではないかと思います。もしも、忙しすぎて自分を振り返る時間をとれてないよ!って方は、まとまった時間ではなく、1日に5分でもいいのでスマホを見る時間を我慢して1日を振り返ってみるといいと思います。

 

 

そして、振り返るだけでなく明日はこれを試してみよう!と決めることが毎日変わらないと思っている日々に変化がでてくるようになります。


少し話がそれましたが、自分自身の評価を相手に伝えるときってどんなことを意識してますか?

 


感情を殺して、淡々と評価するのであれば結果がすべて!結果というのは売り上げ額だったり、集客人数だったり、なにかしらの尺度で測れる形で見れるもので能力含めて評価すればいいのです。今期はこのくらいの売上をあげましたので自己評価としては予想を上回る業績です!みたいな感じです。


売上を上げるためにこんなに頑張ったけども予算は達成できず・・・でも頑張ったんです!!!

 


みたいな言い訳しても、いくら頑張ってもその過程が今の状況でしょ?間違った行動で頑張った結果が予算達成できませんって評価せざるえないよ!こう言われた瞬間に言い返せずにいまいちな評価になり、給与に響いたり収入が落ち込んだりする原因になります。


特に対企業で仕事している場合、年中大きな売り上げを作ることはできないんです。そうなると、査定会議などの場において運よく売上をあげた他の部門のライバルと比較された場合に負ける可能性が高くなります。
 

 

それに加えて、自分自身でいくら頑張ってきたと上司に訴えたところで数字以外で評価は中々できません。なぜなら、どんな人も自分はこんだけ頑張ってきたと言い張るので、自分がいくら言っても“本当にそれだけのことをやったのか?”と疑ってる上司もいます。なので、基本的にはどうしても数字でしか評価するしかないんです。


ただし、例外があるんです。それが自分でも上司でもなく第三者からの評価の声がとても大切になるんです。よく通販番組や広告、ネット上の商品紹介でもお客様の声って書いてありませんか?あれは、第三者の声を見せることで商品の信用力をあげているんです。

 


自分の評価も同じです。“評価”とは“信用を積み重ねた量”なのです。この人はこんだけの売上をとってこれる人なんだと人間力(=実力)の証明をしています。なので、自分の人間力さえ証明できれば極端な話売上や数字だけで評価しなくてもいいんです。


ではどうすれば、相手は自分のことを第三者として感謝の声を伝えてくれるようになるんでしょうか?結論からいってしまうと


①相手が困っていることを助ける。
②自分からみんなのいる前で相手のことを褒める。


この2つのことをやり続けるだけです。なんだと思うかたもいるかもしれませんが、自分の周りの友達を思い出してみてください。何人の人が困ってる人に手を差し伸べているでしょうか??そして、自分自身どのくらい友達や仲間のことを周りの人がいる前で褒めているでしょうか?
 

 

おそらく私の経験上そんなにいないんじゃないかと思います。特にこの2つを両方やっている人は限りなく少ないと思います。


なぜこの2つのことが良いのかというと、感動と行動の返報性がおこるからです。人は感情の生き物と言われるほど、感情に左右されます。目の前に1000万円の山があることを想像してみてください。きっと、何に使おうかな?とか“お~!!”みたいなワクワクするような温かい感覚になるのではないでしょうか。

 


逆に、これまでの人生にで最悪の出来事、仕事で失敗したことや、大切なパートナーと別れたなどいわゆる不幸という出来事を想像してみてください。きっと、気分が落ち込むような心が冷たく、身体から力が抜ける感覚になるのではないでしょうか。


ワクワクするような感情や気分が落ち込む感情によって体の調子だ変化するほど、人は感情に左右されています。その感情をコントロールするのが感動を生むことなのです。

 

 

人に感動をあたえることで、喜びの感情が働きます。それによって、相手にとってあなたはステキな人、信用できる安心できる人として認識されます。その結果、第三者「あの人はステキな人だよ!」と褒めてくれるきっかけになります。


では、相手を感動させるにはどうすればよいか?様々な方法があるのですが、一番は相手が悩んで困っていることを助けることです。その悩みが大きければ大きいほど手を差し伸べて助けてた時の感動は大きくなります。だからこそ、相手が困っていることを助けることが感動を生み、その結果相手が第三者に対して、褒めてくれるきっかけへと変化するわけです。


次に、行動の返報性と言われるものです。人は相手にしてもらったことを自分も相手に返したいという法則があります。ただし返報性の法則が働くには条件があります。相手にとって価値のあるものであることです。
 

 

昔、アンケートに飴をつけることでアンケートの回答率が上がるという実験結果がありました。これは、飴をプレゼントすることで、その代わりにアンケートに答えたくなるものです。では今もしもあなたがアンケートを受け取ったときに飴がついていたらアンケートに回答するでしょうか?


きっと回答する人は少ないのではないかと思います。しかし、このアンケートに回答すれば、あなたが好きな芸能人とランチする権利を差し上げますとなったらどうでしょうか?
おそらくほとんどの人が回答するかと思います。これは普段体験できないことが体験できる貴重なものと認識したからです。


なので、その貴重な体験を相手にもしてあげればいいんです。
相手にとっても周りの人がいる中で、褒められることは第三者からの意見となり貴重であると同時に相手の自己重要感を満たすことにもつながります。

 


相手を褒める人が少ないからこそ使えるものであり、これが返報性により自分に返ってくれるならいいと思いませんか??
みんなのいる前で誰かを褒めることは、無償で自分自身の評価をあげられ、相手からも感謝されるものすごく労力もかからないテクニックになりますので、ぜひやってみてください。


また、「困っていることを助ける」ことで感動が生まれていた場合、この返報性が働きその場で自分のことも褒めてくれる可能性が高まります。勘のいい人なら察しがついているかもしれませんが、相手を褒めるときは上司がいる飲み会の場が一番効果的です。
 

 

ただし、ただのお世辞だよ!って思われるかもしれないので、2回目以降は打合せの場の終了後など真面目な場でも使うことがより第三者の誉め言葉を武器にするためには必要になります。


ぜひ、「相手の困っていることを助ける。」、「みんなのいる前で相手を褒める」この2点を試してみてくださいね!!

 

みんながサッカーとか遊んでる中に自分から

 

 

「僕もいれて!!」

 

 

と言って、仲間に入ったとたんに、一部のリーダー格の子を中心に、半分ぐらいの友達が抜けていく・・・正直そんな小学校生活がとても嫌いでした。自分が仲間外れにされている理由がわからなくて

 

 

「おまえの〇〇の所が嫌なんだよ!」

 

 

そう直接言ってくれればいくらでも気をつけて直すのに、その一言もなくみんなが空気を読んだかのようにシラケた雰囲気を出して抜け出して違う遊びを始める。人一倍そういった空気感を敏感に感じ取って、いつまでも悩んで悩んで悩んで正直学校に行きたくないと感じることが多くなった小学校6年生の時代です。

 

 

当時は本当に学校に行きたくなさすぎて、"毎日遅刻せずに学校には行くもの!"という親の方針のもと毎日朝からケンカして、昼過ぎに強制的に手を引かれながら教室の前まで連れていかれ、帰るに帰れず授業にでるなんてことをしてました。

 

 

ただ、今日伝えたいのは、真剣に自分に向き合ってくれて手を引いてまで学校に連れて行ってくれた面倒見のいい親の自慢がしたいわけではありません。ただ、今私が小学校6年生の頃の自分に会って声をかけられるのであれば、相手とケンカになってもいいから、

 

 

自分のなにが気にくわなかいのか直接言ってよ!

 

 

とあきらめずに自分から聞いてみな!ってことです。まだまだ経験が浅いですが、これまでの人生を振り返ると、『人は相手と距離が近づけば近づくほど、恐怖を感じる』ということです。それが、自分を受入れてくれない人、安心安全と感じない人と関わるときはそれがものすごく堅調に出てきます。だからこそ、恐怖を感じながらも1歩踏み出してほしいんです。

 

 

今となっては、当時のリーダー格の子と笑って会話して飲んだりもしていますが、

 

 

「当時何で避けられてたの?」

 

 

と聞いても

 

 

「そうだっけ?」

 

 

みたいな感じで今となっては全然覚えてないみたいな言うんです。ほんと勝手なやつだなと思ったりしましたが、起きてしまったことは仕方ないし、覆らないんです。それなら、どうしたら楽しくやれるのか考える!ことがものすごく大切なんじゃないかなと思います。今だから言い合える関係なのかもしれないけど、いい笑い話になって場の空気が和むからいいかな~

 

 

でも、人ってこんな風に思えない人もいっぱいいるとも思います。傷つけられた怒りや哀しみが積もり積もって自分の感情をむしばんできて、暗い暗い闇の中へ潜っていく。自分が本来進みたい道も見えなくなり、どんどん先行きが濁っていき、最終的には自分には何もなく“世の中には必要のない人間なのでは”、と感じるようになるかもしれない。

 

 

だからこそ、そんな時には思い出してほしいと思うんです。『なにもなくなってはいない!』ってことに!もしも何もなくなってしまったのであれば、その怒りや哀しみもなくなっているはずだし、相手を恨んだりすることもないんだよって!それに今そんだけ苦しんでいるのは、現実と自分の夢や理想とする姿とのギャップを感じているからだよって!

 

 

世の中は理不尽なことが多い・・・自分自身が苦しみたくないからといって、相手に自分が味わいたくない苦しみを与える人が少なからずいる。例えば、人からから“かわれたり”、“いじられたくないと”いう思いが人一倍あると、自分自身を守るために他の人に対して嫌なことをすることで自分の立場を守ろうとする。

 

 

とても理不尽なんです!だってそうでしょう?あなたが傷つきたくないからって、私を生贄にしてあなた自身を守ることに利用するなや!って。でももしも少しだけ、怒りや哀しみが落ち着いているのであれば、少しだけ私の話を聞いてもらいたいなとも思うんです。それはなにかというと、“人は極限状態でのみ実力が試される”ということです。

 

 

ただ、このことを違った解釈をして、自分自身が相手へやり返す実力がないから、やり返す力をつけよう!ってことが言いたいわけではないです。なぜなら、もしも相手をその怒りや哀しみだけで傷つけた場合、一時的には満足するかもしれないけど、それで満足でしょうか??もしかしたら満足するかもしれないです。ただ、きっとさらに大きな力でやり返されることもあるでしょう。

 

 

もう一度いいますが、この世の中理不尽なんです。すべては繋がっていて大きなサイクルから抜ける事は出来ないんです。例えば、人が増えたから住む場所を確保するために、森を開拓するとしましょう!その結果空気を作ってくれる木がへることになります。すなわち空気が失っていくんです。

 

 

もしかしたら、空気が減る以外にも、コンクリートが増え土が減った影響で、水が蓄えられなくなり流れ続ける、そのせいで水があふれかえることも多くなるかもしれない。

 

 

だからこそ、自分自身が受止め次に生かすためにどうすればいいのか知恵を絞り行動していくことが大切になります。そしてその源になる力が夢であり、とくに自分自身の欲望を叶えるための夢よりも、困っている人を助ける夢であれば協力者も増えてより早く苦しんでいる今いる場所から助けてくれます。

 

 

ただ、夢という言葉を使うと漠然としすぎていて自分にはなかなかないよ!と思う人もいると思います。夢を言い換えるのであれば、“思いの強さ”だと考えています。他のいい方をすれば、“迷いのない心”です。

 

 

余計わからなくなったし、難しいって思った人は自分自身の周りの憧れの人を探してみてください。きっとその人があなたが手に入れたいものを持っているはずです。そしてたら自分自身に聞いてみてください。なんでその人に憧れをいだいたのか。きっと自分にはないものを持っているからです。自分からかけ離れているほど強いあこがれを持っているのではないでしょうか。

 

 

もしも、憧れの人がいないのであれば、歴史上の人物などを調べることをオススメします。その中で、自分自身が必要なものが見えてきます。世の中にいる人に会って見つけてもいいのですが、お金、地位、名誉など自分自身のことばかりに目が向いてる人が特に近年多いような気がするので、おススメはあまりできないです。

 

 

なぜなら、自分自身の欲望も源にはなりますが、限界がなく最終的には疲弊して潰れてしまう可能性のほうが高いからです。また、他人の応援を受けづらい傾向もあります。これは少しイメージしてみるとわかるのですが、「年収1000万目指してるんだけど協力してくれない?」とお願いしても手伝おうと思いますか?ほとんどの人は協力しないと思います。

 

 

だからこそ、その人物は困っている人のために、どんな思いでそのようなことをやっているのか。心の部分にフォーカスを当てて憧れの人を探すことをオススメします。そして、歴史上の人物であれば資料等がまとまっているので、憧れの人物が早く見つかる可能性もあるので、おススメしています。ますは、歴史の授業でならうような人から探してみてください。

 

 

今回のまとめ

自分自身の怒りや哀しみの感情ばかりに目を向けることから、憧れの人物に目を向けて自分自身叶えたい迷わない心、思いの強さにを身に付けた時、感情に振り回されてた自分と平和条約を結べ、あなた自身が本当の意味でに輝き、前を向いて進んでいけるようになっています。

 

・理不尽な世の中だが、人は極限状態でのみ実力が発揮される。

・知恵を振り絞り行動することが大切であり、その原点は迷いのない心

・迷いのない心を探すきっかけは歴史上の人物から探すのがおススメ