余生が始まるよ -5ページ目

余生が始まるよ

この生はあまりに波瀾に満ち溢れていて
そろそろ静かに暮らしたいんだ



特殊な事情がありますので
絡みのない方のアメンバーはお断りさせていただいております。
ご了承ください(。-人-。)

父が亡くなったという母からのLINEには

いつものように既読もつけられませんでした。

 

弟妹たちを通さずに、母と向き合う気力はなかった。

通夜・告別式の日程と場所だけ、

夜になって妹に確認し、

その日は父の顔を見に行くことすらしませんでした。

 

通夜当日も、参列するかギリギリまで悩み

一般参列者と同じくらいの時間に

ようやく斎場へと向かいました。

 

葬儀に関しては、弟①が施主として、

実質取り仕切ってくれていました。

 

一年以上会っていなかった母に

「おねえ!!」と抱き着かれた時には

息が止まりそうになったけど、

もう式が始まる時間だったのが幸い。

 

棺の中の父の顔を見ても、

小さくなったなぁと思うだけで

遺影にも、司会の口から流れる父の半生についても

ひとつも感情が湧かぬまま、通夜は終わりました。

 

通夜後は、妹と少し話しただけで、

通夜振舞の席にも付かず、

静かに斎場を出ました。

 

翌日の告別式。

ここでもまた、ひとつの感情も現れることもなく

まるで知らない人の葬儀に参列しているような

冷めた気持ちで、親族席の最前列にただ座っていました。

 

 

私のプロ意識が目覚めたのは、最後のお別れのとき。

棺に花を入れる際に、私の口から自然と出てきた言葉。

 

お骨に花の色が残っちゃうから、

顔周りには色が強い花は入れないほうがいいよ

 

それは、高らかに発した言葉でもなく

ただ、近くにいた母と妹にだけ聞こえるような声で。

母と妹が、その言葉に納得したように、

足元のほうが寂しいからと、

花の位置を調整し始めました。

自然にみんな、それに倣うように、

顔周りは白い花で

足元につれて色が濃い花という、

綺麗なグラデーションで

棺は閉じられました。

 

 

 

そして火葬場。

着いた時から、この火葬場の雑さが気になる私。

収骨の時に、それは確信になりました。

一応職員が、喉仏、胸仏の説明はしてくれたけど

最初から感じていたあまりの雑さに、

これは絶対、胸仏は探し切れていないと思ったから

私は自分で、父の胸仏を探しました。

左側でひとつ見つけて、それも立派な…

プロとして見逃しようもないほど立派な胸仏でした。

このときは、妹と姪にそれを見せ、

あっちも探してくると言って

見つけた胸仏は一旦台に置き、反対側に回りました。

雑な職員が、何かお探しですか~?と

めちゃくちゃ軽いノリで聞いてきたのを、

自分で胸仏見られるんで、の一言で制しておいた。

母もそれを聞いて、さすがだねなんて言ってて

あっちではひとつみつけたからね、と言って

母も喜んでいたのに

結局反対側では見つけられず、

諦めて顔を上げた瞬間、

その職員が、私が見つけて置いておいた胸仏を

何のためらいもなく、手で払ったのを見てしまった。

 

え?って。

そこに、私が見つけた胸仏を置いてあったのに!?

 

静かに抗議したら一瞬、場と空気が凍ったけど、

私は慌ててまた反対に走りました。

もう半分かき集められていたから、

もう見つからないかなと思ったけど、

職員のあまりに雑な対応に、

死ぬほど腹が立っていたから

雑にかき集められているお骨を、

静かに慣らしながら

無事に再び見つけることができました。

 

その時の職員の謝罪も、大変失礼いたしました~!のノリだったのが

本当に腹立たしかったけど、一旦それは飲み込んで。

 

 

通夜でも告別式でも、形だけ手を合わせただけで

なんの感情もなかったけど、

斎場に戻り、骨上げ法要の時には、

心の中ではっきりと言いました。

 

私はあなたの胸仏を、

自分の目と手で見つけ、拾いました。

これが私の、最大の親孝行です。

 

 

 

 

枕経にさえ立ち会わなかった。

一連の中で、一粒の涙も落とさなかったどころか

悲しいとも寂しいとも、

ひとつも感じることすらなく終わった。

一年以上会うこともなく

声を聞くこともなく、

最期の一年を父がどう生きたのかも知らない。

薄情な娘かもしれない。

 

けど、私は最低限、

あの人の最期のときの尊厳だけは守ったと思う。

 

 

私の真実は、私の中にだけあれば、

それだけでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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