私はずっと、自分を文系だと思っていた。
数学は苦手だった。
物理も化学もなんのこっちゃ?
その代わり、国語だけは得意だった。
ただし古文漢文になるとまた別物。
現代文にだけ異常に強かった。
だから自分が文系だと、勝手に思いこんでいた。
でも最近、違和感がある。
この違和感の正体を自分なりに探りに行って
気づいたことは
私は感情より、構造美を愛する
理系寄り脳だと言うこと。
仕事でもプライベートでも
私はまず、全体像を見る。
どこがどう流れ、どこで詰まるのか
どこに偏るのか、何が無駄なのか。
そこが見えたら、一気に面白くなる。
引き込まれる。
ただ逆に、感情のみをぶつけられた時、
私は静かに削られる。
処理できない感情は、私にとってノイズでしかない。
このところ私に浴びせられ続けているノイズは
無自覚さによる無神経。
例えば職場の後輩。
『教えられてないことには手を出すな』が通じない。
昨日までできてた処理はどこに飛んだ?
こう教えたら覚えるはず、が通用しない。
毎日初期化。
例えば母。
この手続にはあれとそれが必要で
あぁでも、こっちの手続が先か!?
と、脳みそフル回転で奔走している私たち兄弟の姿を前にしても
コーヒー飲む?😊
お母さん行かなきゃならない時は教えてね😊
の、おでかけワクワクモード。
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私的伝説級の、べんごし事件
べんごし🤣も裁判も、
私はその構造を理解している。
そしてあの時のあいつには
明らかに悪意があった。
だから私は怖くなかった。
だから笑えた。
だから大嫌いと大声で言えた。
今のノイズは、どちらも悪気はない。
むしろ素直。
そして本人的には一生懸命頑張ってる(つもり)。
ここが、私にはキツい。
構造が見えないから。
理解できないから。
嫌いと言い切れないから。
だから静かに削られる。






