あれから三年も経ったのか…
あの前日、数年ぶりの大きな風台風で
看板類は吹き飛び、木は折れ
その復旧作業もままならないうちのあの地震。
普段、3時に家を出て行く旦那が
あの日たまたま遅番で、まだ一緒に寝ていた。
普段から薬を飲んでいるから
ちょっとやそっとのことでは起きない私でも
さすがにあれは目が覚めたよ。
覚めたんだけど、薬は効いてるから、身体は動かなくて
そのうち恐怖で、声を漏らしたと思う。
旦那が、ギュッと抱きしめてくれていたから
パニックには陥らなかったけど。
我が家は震源地程の被害はなかったけど
それでもさすがに4階だから
食器棚の中身とか、ずいぶん落ちて割れてた。
そしてあの停電。
落ちて割れた食器類を片付けようにも
掃除機もかけられないから、手を付けられず。
たまたま私はその日、もともとの公休で
同僚さんに連絡してみたら、
やはり会社も大混乱で、ヘッドライトをつけてなんとか仕事してるって。
うちの辺りは、その日のうちに電気は復旧したんだけど
会社周辺は、4日くらい復旧しなかった。
翌日から私も出勤したけど、
自家発電機も使って、なんとか。
お客様からのキャンセルはあったけど
こちらからのキャンセルは、一切せずに乗り切った。
冷蔵庫、冷凍庫もダメだったから、
さすがに生物は提供できなかったけどね。
電話機も機能せず。
ただ、夜中のうちの地震だったので
会社への電話は、社長の携帯に転送されていたのがまだ幸いだった。
これは、地域にもよったようだけど
携帯の電波も壊滅的で、会社周辺は
d社とa社がまったく繋がらず
たまたま、事務所内で唯一、s社の私の携帯だけが、普通に繋がってた。
もうありかさんの携帯だけが頼みの綱!
みたいになって、
自家発電機で代わる代わる充電していたみんなの携帯を
ありかさんのが一番優先!
ありかさん、充電大丈夫!?
社長が身を挺して、私の携帯を必死に守っていたのを
ものすごく鮮明に覚えてるなぁ。
d社の社長の携帯は、一応鳴る。
けど、全く通話ができず
社長の携帯に表示される番号に
片っ端から電話していった、私の携帯で。
信号のない道を走るって、
こんなに怖いことかとも思ったよ。
そうだったよねー、あの時ほんと大変だったよねーと
みんなで笑って話した今日。
いつか、このコロナ禍も、
そんな風に笑って話せる日が来るんだろうか。

昨日の夕立のあとの、かすかな虹。
