わたしには おつきあいしている(と思ってる?)人がいます。もう8年目です。
だから なに ってこともないのだけれど、なんとなく終わりを感じているような、お互い?
わたしは あまのじゃくだから 人がいると孤独を感じて辛くなることがあります。
なんか 他の人の輪に入れないというか、入らないというか。
他の人と感じるポイントが少し違うから、ズレてるって気づくのが辛いし、輪に入りたいからって「みんなと同じように」なんてできない。ぎこちなくて辛すぎる。
カウンセラーの先生は「スナフキンみたいに村と住処との距離感でつきあえたらいいね」というのだけど、自分のない私には難しいなぁ。
こうやって調子のいい時と悪い時が 交互にやってきて 螺旋を描いて登っているのか、ただまわっているのか、とにかく 繰り返し。
おつきあいっぽくしている人と毎日 Lineで「おつかれ」って送るだけで、はや半年以上会っていない。3日に一回くらい一言の返信があるくらいで、もはや自然消滅も私の手の中に。
だから、こういうやりとりだけだと どういう関係なのかわからなくなってしまう。
昨日と一昨日と珍しくあちらからLINEがあったけど、要するに欲求が高まってのことで、私を心配してとかいうわけではなかった。まあ、そろそろ還暦なんだから仕方ないかな。前はその手のメールがよくきたし。
それだけのことだから面倒くさくなってしまうけど、気にしてもらったような気になって嬉しいと勘違いしてしまう。
総じてやっぱり そろそろ限界なのかな。
いなくてもいても同じじゃないし、いなくなったら そりゃさみしい。いても気持ちが共鳴しない(大げさ?)で辛い。
どちらに転んでも 孤独なんだ。
孤独を感じないことはなかったし、いつも私につきまとって離れないのが私にとっての「孤独」。
どっかの女優が孤独に関する本を書いたらしいけど、そんな甘っちょろいもんじゃない。なめんなと思ってしまう。いい歳をしてそんなくだらない思考しか持てなかったのか、随分残念すぎる。
ふつう誰しも心に大切な誰かがいつもいてくれる。大抵は親だったり祖父母だったり、神だったりしてる。
1人になったとき、困ったとき、辛いとき、そうした人との思い出やその人の存在が 心の支えになるのだから、孤独なんてありえない。
けど 私にはそういう人はいないし、望んでもできない。そういうひとの孤独は、故郷のない放浪者に近い気がする。
「完全なる孤独」
踏ん張れないし すぐヘタれてしまうし、死にたくなる。そういう自分が情けないし、消えてしまえばいいと思う。
消えるためには死ぬしかないのだけど、死んでしまったら 私が存在していたことが 確定してしまう。
だから、「この現実は最初から私がいないという設定」にしてほしいと願うばかり。
だから、希死念慮がある鬱とは少し違うんだけど、死にたくないというか、生きたくないというか、どちらかというと 「消えてしまいたい」かな。
そんなのありえないんだけどね。
長くなっちゃった。
今日はありがとうが見あたりません。
あ、こんな長いグチブログにおつきあいくださって
ありがとうございます。