負の連鎖の悲しさ・・・

   何故、因果応報に気がつけないのか?

 

昨日のブログ、『生年月日から分かる先祖の行動と流れ・・・』に

Sさんから、コメントを頂きました。

 

 

 

Sさんからのコメント

私の家系も同じことで、やはり息子二男と娘長女に五黄土星三碧木星

付いているから自殺者の家系

 

高祖父の代で本家である私の先祖は神道系になり、

 

高祖父の息子二男

(曾祖父の弟)は仏教系を修行して地元のお寺の住職に就いたが、毒殺された。

 

祖父の腹違いの弟二男は三角関係のもつれで自殺
 

長女の妹二女婿は選挙がらみの末、自殺
 

私の息子二男嫁の父三男は長兄がいいなずけと自動車の中で自殺
 

それ以外にもいろいろな問題を抱えていたことを分かったので、再三のように

オヤジに墓と祀り事を整理してはどうかと言っていたが、オヤジは信じずに

他界したのでオヤジの十年祭を終えてから祀り事と墓じまいをするようになった。
 

宗教家は祀り事を真剣にすることを奨励しているが、宗教家の家ほどいろいろな

ことを抱えて絶えてしまう。
 

宗教とは何なの?
 

誰にも罪もないが、説き教える者として何とか理解してくれる人を捜し求めて

生きている最中にアキコさんと出会えた。
同じ境遇を体験している家系だから、飽きずにお互い邁進しましょう。
長々と。おわり。

 

 

 

 

昨日のブログでも書きましたが、部分的に見ると一見それぞれの代で

単独で起こっている事の様に思え、身に覚えのない不幸な出来事が突然

降ってわいたかの様に思うけれど、実際は全てに原因と結果があり、

因果応報なのだと思います。

 

 

では、何故その因果応報に気が付けないのかと言うと、

二つあると思います。

 

1. 自分自身には身に覚えが無くても、負の連鎖で、

   先祖からの罪を背負わされていることに

   気が付いていないから。

2. 自分では罪を犯していると思っていなくても、

   実際には罪を犯している自分に気付いていないから。

   (偽善の罪)

 

 

 皆、原因が分からないからこそ、不幸な出来事に対して、どうして

こんな事になってしまったんだろうと代々が悩み苦しみ、右往左往し、先祖に

手を合わせて祈ってみたり、神棚や神社に行ってお願いしてみたり、藁をも

すがる気持ちで信仰の道に入ったりするのかもしれません。

 

先祖を敬う事も、信仰することも、決して悪い事だとは思いません。

だけど、その前に、因果応報の本当の意味に気が付くことが、

本当に幸せになれる道であり、真の先祖供養かもしれない。

 

それに気が付けば、

不幸な出来事は決して宿命ではない!!

事に気がつけるのでしょう!!

 

 

続く・・・