強く、楽しく、明るく生きる!

本当の強さって何だろう? 真理って何だろう?成功って何だろう?仕事って何だろう?生きるって何だろう?
そんな事を考えるブログです。

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お陰さま

負ける人のおかげで勝つことが出来るんだなぁ
みつお



誰でも勝利した時は嬉しいものです。
これも今までの自分の努力のたまもの。
と誇らしげにおもうことでしょう。


そうやって自分に自信をつけることは決して悪いことではありませんし
自分の努力に対して自分を労り、感謝する事もとても大切なことだと思います。


その一方でみつおさんが言っているように
自分ひとりでは勝利を味わうことはできません。
比較対象するものがあって初めて
体験することができます。


負ける人がいるおかげで勝つことができる。
まさに真実です。


そう考えると
全てに感謝。
全てにありがとう
って言えるように思います。

決心

 最近気づいた事があります。

 人はきちんと決心するとたいがいのことは出来るということ。

 もちろん日常生活の中で出来ない事が多いですが
 振り返ってみれば決心が弱い事が殆ど。

 自分自身こうするとかこうなると強く決めていなく
 こうなればいいなぁぐらいの決心しかしていない。

 自分がしっかり決めてしまえば
 そうならざるをえない行動をします。
 不思議な事に自動的に・・

 普段、意識的ににしても無意識的にしても
 必ずそうしてる。

 今日昼ごはんカレーを食べると強く決心すれば必ず食べるでしょう。
 カレー食べたいなぐらいだと、カレー屋さんを探してる途中でうどんやさんに入るかもしれません。

 ことの大きい、小さいがあるだけで
 いろんな事がそうするということを選ぶ事によって
 自動的にその方向にすすんでいくのです。

 今何を考え、何を決心して、何を行動していきますか?

楽しむ

 昔にくらべると現在いろんな事を楽しむことができるようになったと思う。

 以前は、何に対しても心から楽しむことが少なかった気がします。

 何かにつけ、悪いところや欠点を探す。

 ご飯を食べる時も、何処か遊びにいって綺麗な景気を見たときも。

 もちろん仕事の時も。

 それでいて自分のことをポジティブだと思っているから始末が悪い。

 冷静になって自分の心と向き合ってみると色んな事が見えてきます。

 今、今、今

 連続するこの今という瞬間を楽しもう。

 今、空気が吸えることに
 水が飲めることに。
 体が動くことに感謝しよう。


 その瞬間、瞬間を丁寧にゆっくり生きようとすると

 普段の生活を以外と楽しめる。

 楽しんでいるので心も穏やか。

 そうすると

 よく笑うし、考えも本当に前向きになるし

 いろんな事に、心から感謝の気持ちがわいてくる。

 生きてるって

 本当はとっても幸せで楽しいことなんですね。

オススメ本

 昨年読んだ本の中で一番良かったと思う本をご紹介しようと思います。

 神からのギフト

 与え尽くしの愛

 両方とも山村幸夫さんという方が書かれた本です。

 自費出版の為書店では売られておりません。

 この方は心霊治療家として活動をされていた方でスピリチュアルなことを毛嫌いされる方は受け入れられないかもしれませんが、生き方や本で語っておられる事は物事の本質というか真理ばかりではないかと思います。

 詳しくはこちらをご覧下さい。


 そして
 この本は今年の一番かもしれません。
 まだ始まったばかりですが
 
 変換Ⅰ Ⅱ

 
 この本も物事の本質をとてもわかりやすく書いてあります。
 スピリチュアルな本でもあれば、自己啓発の本でもあれば成功哲学の本でもあるかも知れません。
 購入してすぐ3回も連続で同じ本を読み返したのは初めてです」。

 詳しくはコチラをご覧下さい。


 どちらの本も一般書店では売られていません。
 このような書籍に出会う事も
 何か必然のような気がして仕方ありません。

 
 色んな事に悩んだり、どのように生きればいいのか?
 人生ってなんなんだ?
 生きるってなんなんだ?
 そんな時に胸にささる本だと思います。


 

与えたものが返ってくる

 自分が与えたものが自分に返る。
 このことが物事の真理だと言うことに気付くのに
 だいぶ時間がかかりましたが
 今は間違いないと確信してます。


 私が25.6歳の頃の話です。
 以前、勤めていた会社の上司に誘われて
 その上司が設立した会社で働きました。


 その時は希望に燃えていました。
 きっと大きくして
 そして自分も大金持ちになると。


 会社を始めてから
 しばらくして、なかなか起動にのらず
 厳しい状況でした。


 その状況の責任は当然私にもありますが
 全ては社長の責任だと思っていました。
 私から見ると
 社長は仕事せず毎日飲みに行ってばかり
 

 それで会社がよくなるものか
 いつしか社長と対立するようになりました。
 同僚と会社の話をするとき
 社長のことをあの馬鹿と呼んでいました。


 意見が合わなくなった社長と一緒にいることが
 我慢らず、私は退職しました。
 それから約1年後ぐらいに
 会社は倒産し
 社長は夜逃げしました。


 それから10数年後
 私が経営した会社が倒産し
 当時の社長と同じような経験をすることに
 なりました。


 勤務していた時代の私は
 毎日、会社や社長に対して
 愚痴や不満を語っていました。


 おれが社長ならちゃんとやるのに。
 しまいには憎むようにまでなっていました。
 

 その頃の思いが自分に返ってきたのだと
 最近気付きました。
 だいぶ遅いですが
 

 そんなことを思える心の余裕が出てきたのかもしれません。
 

 自分に対しても
 人に対しても
 愚痴や不平、不満をぶつけるのではなく


 感謝やありがとう
 ワクワク
 こんな気持ちを持ち続けることが
 やっぱり必要だと
 思います。
 

自分を理解してくれる人

自分を理解してくれる人に人生の中でどれだけであえるだろうか?

 
 子供の頃、親が俺の気持ちを分かってくれないと嘆き、社会に出ると、上司が俺の努力を分かってくれない。嫁は俺の気持ちを分かってくれない。子供達は・・・


 そんな事を感じながら、自分自身はどうだろう?友人の事を理解しているのか?妻や子供、会社の上司のこと理解できないまでも理解できるよう努力しているだろうか?


 師友の情と義は(人の踏み行うべき道)とははなはだ深く微妙なものであるが、なお師友に関して特に『知己(自分をよく理解してくれる人)の温情を知っておかねばならない。(人間としての生き方より)


 物をくれたり援助をしてくれたりする人の温情は分かりやすい。が本当は自分を理解してくれる人を大切にすることが重要なのかもしれない。
 今までの人生を振り返ってみてどうだろうか?知己の温情を知っている生き方が出来ているか?それが出来ているばもっと楽に暮らせるのに。

 そんなことを思わずにはいられない。
参考
 「人間」としての生き方 (PHP文庫)/安岡 正篤

¥820
Amazon.co.jp

求め願うこと

日々生活をしていると

何かが足りないという気持ちになることがある。

その足りないものを得ようと

求め

願い

祈る。

そんなことをしたことがない人はきっといないのではないでしょうか?

生活費が足りない。

愛情が足りない

仕事がない

神との対話という本の中に

こんな一文があります。

そもそも求める必要はないのだと直感的にわかっていれば祈ることはずっと優しくなる。

その時祈りは感謝の祈りになる。

求めるのではなく望みがかなっている事を素直に感謝するようになる。

求める必要がないというのは

必要なものは当然あるということ

ないというのは心の状態にすぎない。

あるということがわかれば当然感謝の祈りになるということでしょう。

苦しいときそんなことを言われても

ないものはない

感謝など出来ない

当然のことでしょう。

その欠乏の心が

きっと

欠乏の状況をかなえてくれているのかもしれません。

人を叱るとき

 上司に叱られたり、逆に部下を叱ったり、働いていれば、こんなことはよくありますね。


 私も思い起こせば叱った事も、叱られた事もたくさんあります。


 ただ、叱られた記憶でいい記憶はあまりないですね。


 どちらかというと反発して、むかついて、上司を嫌いになって、続いて仕事も嫌いになる。


 そんな悪循環に陥った事もあります。


 人を叱るというのは非常に難しい事です。


 愛情があって叱っても伝わらなかったり。


 皆さんはどのようにしてますか?


 菜根譚の中にこんな言葉があります。

 

 『人の悪を攻むるには、太だ厳なることなかれ』

               (はなはだ)  (げんなる)


 人を叱るときはあまり厳しい態度で臨んではならないと語りさらに相手に受け入れられる態度を心得ておくべきだと付け加えている。


 厳しすぎると何故まずいか?


 やはり相手の反感を買って、その割には説得力がない。


 怖がらせて人を動かしても長く続くこともないでしょうし。


 感情的に怒鳴り散らすようなやり方は、最も悪い形かもしれませんね。


 この言葉の意味をしっかりと腹に落とし込んだ上で、叱るときは臨みたいものです。


 叱るような場面がない事が最高ですが。



質問力

 質問をする能力は人生を大きく左右する。


 適切な質問をすると答えは目の前にあることが以外と多い。


 その質問を人にそして自分自身にする積極性が欲しいところだ。


 「礼記」の中にこんな言葉がある。


 『善く問を待つものは鐘を突くが如し』


 「善く問を待つもの」は立派な教師という意味


 「鐘を突くが如し」とは次のようなことである。


 これを叩くに小なる者を以ってすれば少し鳴り、これを叩くに大なるものを以ってすれば大いに鳴る」


 つまり教えを受けるほうの叩きかた如何で大きくもなれば小さくもなるというだから、まず問われなければならないのは、生徒の叩き方だと言う事になる。


 質問をする重要性は礼記が書かれた昔から言われている事で、現在まで廃れていない。


 人生を生きていく上でとても重要な要素という事になる。


 

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)/守屋 洋
¥670
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自己対話

 毎日、色んな人と話をする事が多いと思いますが、その中でも誰と話している事が多いのか?


 やはり自分自身である。


 いつも何かを考え、思い、自分自身と対話をしている。


 人間は、自分と会話をする際に、過去の経験に基づいて対話をするらしい。


 その過去の経験で頭に思い浮かんでくる事は、情動に結びつくもの。自分の経験で嬉しかった事や、悲しかった事など強く記憶として残っている感情のことだ。


 その中でも、悲しかったり、怖かったり、辛かったりしたことは強く心の中に染み込み、楽しい事、嬉しかった事より強烈に記憶されているらしい。


 その記憶を元に自分自身と対話をする。


 するとどうなるだろうか?


 過去の辛かった事、苦しかったことを何度も自分の頭の中で再生させて、繰り返し経験をしているのと同じ事だ。


 そうやって自分自身を洗脳し、セルフイージを小さくしてしまう。


 色んな本に、楽しい事を思い浮かべようとか、否定的な言葉を使わないようになどよく書いてあるが、このように、ネガティブな自己対話をしないようにするためには効果的なように思う。


 自分自身の思考や思いを、変えていく事は簡単な事ではないが、同じ瞬間を過ごすのであれば、楽しい事を考えて、楽しい対話を自分自身としてみる方が良いに決まっている。


 少しずつでも、言葉や思いを変えていく


 そんな風に瞬間、瞬間を生きて行きたい。


 今日も一日ありがとう。


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