仕事を辞めてほしいと懇願するわたしと夫の両親。
 
「仕事は絶対に辞めない。辞めるくらいなら死んだほうがマシだ。」という夫。
 
実際、夫は今の仕事に誇りを持っていて好きなことは事実のようです。
 
ただ、大手技術系だからこそ取り扱う製品の重要さからくるプレッシャーは相当なもの。
 
真面目すぎる、完璧を求め妥協を許さない夫の性格では
 
命をすり減らしながら仕事をしているようなものだと思いました。
 
「みんなもっと肩の力抜いて適当にやってるよ。」
 
「ミスしたからって会社がつぶれるわけじゃないし死ぬわけじゃなし。」
 
と私は思いますが夫はそうではありません。
 
キツイでしょうね(笑)
 
いつもそばにいると、もう笑い流すしかないときもよくあるんですよ(笑)
 
 
ただ、私はいつも夫にも伝えていますが
 
夫と結婚したことを後悔したことは一度もありません。
 
 
きれいごとを言うつもりもありません。
 
本当に夫のことを愛しています。
 
「こんな面倒くさい人間と結婚してごめんね。」
「病気のこと(うつも持ってたこと)言わずに俺は結婚詐欺だ。」
 
とよく言います。
 
たしかに面倒くさいときもあるし、ごくごく一般的な夫婦と比べたら
 
わたしは苦労していることになるのかもしれません。
 
だけどわたしは夫のことが大好きで、結婚できてよかったと心から思っています。
 
夫といるとささいなことで笑えたり、素の自分でいられるんです。
 
また夫の病気を通して世の中には同じように苦しんでいる方がたくさんいることもしり
 
今まで自分がどれだけ狭い世界で生きてきたかを思い知りました。
 
人はそれを望まないのかもしれませんが私はそのことにも感謝しています。
 
わたしもちょっと変なんですよね(笑)
入籍してから、すぐに夫の症状は悪化しました。
 
あまりにもすぐだったので私は「私との結婚がこんなにストレスだったんだ」とショックを受けました。
 
ただ、あとあと落ち着いてから聞くと原因が私では絶対にないと。
 
・入籍直後に発令された職場の配置転換があまりにもヒドイ仕打ちだったこと
 
・挙式をすることにすごくストレスを感じていたこと
 
そう話してくれました。
 
 
実際、夫と毎日一緒に働いている先輩のパワハラはひどく話を聞くたびに私も憤りを感じていました。
 
そんな環境から解放される、と信じていた配置転換に裏切られた
 
そんな絶望だったんだろうと思います。
 
また、お酒を飲むと場を盛り上げようと望んでもいないのに
 
必要以上にバカなキャラを演じたりするところがあった夫。
 
そんな夫にとって、挙式や披露宴は苦痛以外の何物でもなかったんでしょう。
 
そうとは知らずに、効率主義のわたしは
 
入籍→挙式・披露宴を年内にはする→子づくり
 
一般的な流れを知らず知らずのうちに夫に強制していたのです。
 
その苦痛から夫は爆発しました。
 
 
あの状況は今思い出してもぞっとします。
 
夫は社会に対しては恐ろしいほど攻撃的で、そうでないときは廃人のようでした。
 
 
こんにちは。
 
 
とりあえずわたし達のことを書いてみます。
 
 
夫は技術系の大手の下請けで働いています。
 
初めてパニック症の発作がでたのは中学生のとき。
 
それから高校の時に、病院でパニック症の診断を受け
 
高校卒業と同時に実家を出て、東京や他の県でいくつかの仕事を経験しています。
 
その間ずっとパニック症とひとりで戦い
 
親は高校の通院で病気のことは知ってはいたけど
 
たまに帰省する息子の様子をみて「今までどおりの息子」だと思っていたようです。
 
20代半ばでパニック症のつらさからうつを併発しましたが
 
そのころは「絶対によくなる!」と強く信じてひとりで病気の勉強をし
 
呼吸法や思考の転換による治療など
 
ありとあらゆる方法を試していたんだと思います。
 
 
たまたま良い医師に巡り合えたこともあり、一度は治療を終えたこともあったそうです。
 
ずっとは続かなかったようですが・・・
 
 
30代になり実家に戻りわたしと知り合い、約2年の交際をへて結婚しました。
 
交際中もパニック症で心療内科に通院していることは聞いていました。
 
「そんな病気があるんだな」、そんな風に思っていました。
 
実際、夫は若干テンションが高かったり、かと思えば何をしててもつまらなさそうだったりする
 
ことはありましたが、私にとっては「誰だってそんなときもある」くらいに思っていました。
 
今思えばその時も薬を飲みながら、夫は必死に戦っていたんですね。