灰色の雲が水色を隠す七時過ぎ。
私が一番私を好きだったあの頃ににてる。
帰りたい、帰りたい、帰りたい、そればっかり考えながら十年も経ってしまった。
あの頃もっと一生懸命になりたかった。なっていた。でも足りなかった。
帰りたい、帰りたい、帰りたい、それは多分美化された想い出に残した後悔だったり、あれから何にもなれなかった自分への嫌悪が作りたがる逃げ道であり、一生残る宝物なんだと思う。
私は何にもなれなかったけれど、あの頃、歌っていない自分に何の価値もない、歌えないなら生きていけないと散々拗らせた捻くれた懐古主義からはほんの少し抜け出せたよ。
自分の価値はまだ全然分からないけれど、この先に見つけられたらいいな。
一番好きで嫌いな夏。一番満たされて寂しい夏。幸せだと思う日々の中でぼろぼろに泣いても、ひとりじゃないならそれでいい。
誰かから見たらくだらない事でもね、私はずるずる引き摺って、美化して、それのせいにしたり、それのおかげにしたりしながら生きてきたの。
許せるよ、大丈夫。私は私を、ちゃんと好きになってあげられる。大丈夫だよって、言ってあげられる。
あの頃こんな空のしたで、何時間も何十時間も歌って歌って歌って、それが何になったのと聞かれたら分からない。
でもあの毎日を、変わらずに愛しいと思えるよ。
勝たないと意味がない、そんなことなかった。今ならそう思える。今ならきっと、もっと上手に歌える。ハンガリーの曲を聞きながら、ちょっとだけ感傷にひたる。また想い出になる夏が来た。明日には今日すら想い出になる。