裁判員制度のシンポジウムに行ってきました。
選挙権を持っている人の中から、無作為に選ばれる裁判員(原則6人)は裁判官(原則3人)と共に裁判を行います。
国民の司法参加により市民が持つ「日常感覚」「常識」といったものを裁判に反映すること、裁判時間を短縮することを目的としているらしいです。
どんな事件を扱うのかというと、刑事裁判のうち傷害致死、殺人事件など。
裁判員は「有罪か無罪かの判断」と、有罪の場合の「量刑の判断」を行い、判決は(裁判官も含め)多数決によって決定されるらしいです。
国民の量刑感覚が反映されるなどの効果が期待されると言われている一方で、争点が予め絞られるため、犯行の動機や経緯にまで立ち至った「精密司法」は期待できなくなるとの懸念もあるようです。
いつ自分に依頼が来るかわからない…例外を除いては断れないそうです。
でも、人が判断することだから 『感情』がすごく反映されるんじゃないかと思ってしまう。
『情』に流され、真実が見えなくなるとか…ないのかな?
導入されることに対しては、いいのか悪いのかわかりませんが、もし選ばれた時には冷静に受け止めたいと思いました。
選挙権を持っている人の中から、無作為に選ばれる裁判員(原則6人)は裁判官(原則3人)と共に裁判を行います。
国民の司法参加により市民が持つ「日常感覚」「常識」といったものを裁判に反映すること、裁判時間を短縮することを目的としているらしいです。
どんな事件を扱うのかというと、刑事裁判のうち傷害致死、殺人事件など。
裁判員は「有罪か無罪かの判断」と、有罪の場合の「量刑の判断」を行い、判決は(裁判官も含め)多数決によって決定されるらしいです。
国民の量刑感覚が反映されるなどの効果が期待されると言われている一方で、争点が予め絞られるため、犯行の動機や経緯にまで立ち至った「精密司法」は期待できなくなるとの懸念もあるようです。
いつ自分に依頼が来るかわからない…例外を除いては断れないそうです。
でも、人が判断することだから 『感情』がすごく反映されるんじゃないかと思ってしまう。
『情』に流され、真実が見えなくなるとか…ないのかな?
導入されることに対しては、いいのか悪いのかわかりませんが、もし選ばれた時には冷静に受け止めたいと思いました。