家族介護を十数年やってきて、介護の仕事も実際にやってみて、資格も取って。現場での介護を経験してずっと思っていたのは「介護の考え方っておかしくないか」ということと、「この人達に自分の母親を介護して欲しくない」と思うようになっていったことでした。
私の母はALSです。介護を始めた当初はまだ二十歳にもなっておらず、母の介護によって色々な時間の制約や活動の制限が出てきたことによって、母に対してひどい言葉を発したりしていました。そんな状態でありながら、自分でも嫌というほど分かっていたのは「母親も好きでALSになったわけではない」ということでした。しかしながらいつまで続くか分からない介護を思い、自分の将来に絶望していました。母の辛さ、自分の辛さ、もうあの時は色々と考えてしまっていました。そんな自己中最低野郎です。
家族介護をやっているときに、介護師に対してずっと疑問だったことが「なんで何かあったときだけ、さも仕事しているかのように話しかけたり手をかけたりするのに、普段はやって欲しいことをやらないんだろう」でした。表面的には可もなく不可もなく介護をしている感じ。資格がなくても、家族でもできるのに、何かあったときだけすごく「私は専門職だから」というのを全面的に出すんですよね。それがずっと疑問でした。「あんたらそれがプロの仕事なのか?」と。身体介護なんかはどうとでもやれるし、どうせ病気が治らないのも分かっていたので、せめて介護師の方と関わるときは、母を利用者としてではなく普通の人間として会話して、世間話をして、接して欲しかった。それをこなしながら、そつなく介護をしてくれている人も居て、そういう人に対してはプロだなと尊敬すらしていました。
介護師、ケアマネージャー、医療機関など全ての方々に感謝しています。関係各位の方々の助力があり、今までやってこれました。・・・なのに、現実を見て”一部を除く介護師”に対して「なんなんだろうこの人達は」と思うようになっていきました。
というのも、皆表面上は上手くやっているんです。”表面上”は。
いざ利用者の前から離れると、利用者の悪口や職場の人間の悪口が始まります。それこそ「喋ってないで仕事してよ」と思うほどにひどい時もありました。愚痴でも言ってないとやってられない職業、というのも重々分かってましたし、最初は「うんうん」と愚痴を聞いたりしていましたが、月日が経つにつれて精神的に病んでいったからこんな日記も書いているんだろうなぁ・・・。
転倒にしろ、容態急変にしろ、利用者のためというよりも、職員が加害者にならないようにするための介護。施設側が罪を問われないようにするための、予防のための介護でした。
私はそれが本当に許せなかったし、筋が通っているとも思わなかった。「上辺では聞こえが良い事言っているくせに、心の中では我が身可愛さで働いているのか。話していることはすごくボランティア精神みたいなものも溢れているのに、いざ何かあれば自分は被害者で何も悪くないみたいな対応するのか」と、憤りすら感じていました。
口では綺麗ごとを並べている職員、利用者を考えているという雰囲気を出す職員も、影では文句を言っていました。文句を言うのは構わないと思いますが、「文句言うなら自分でなんとかしたらいいじゃない・・・」と、もう愚痴も聞きたくなくなっていきました。自分が本気で病んできたのかなぁと思い退職しました。
介護福祉士も取得していましたが、介護という仕事から離れて、どこか安堵している自分が居て。職場では働いているときは期待されたりもしていたようですが、内心では「嘘つけ。俺なんか介護職に向かない」と思っていました。辞めてよかったな、と。元々やりたくてやっていたわけではなく、介護職なら家族介護に対しても理解あるだろうと思って志望した、という安直な考えでした。
今後においても介護職は、理想論や綺麗事を全面的に押し出し、自分達が表面上でやっていることを美化していくんでしょう。裏では色々な不満を訴えているのにも関わらず。自分達では何も変えようとしないにも関わらず。
介護職は3Kだとか、社会の底辺の仕事だとか、行く場がない人が就く仕事などと言う人を理解できませんでしたが、今となっては「やはりそういうのが周りにも見えているから、そう思われるんだろうな」と思ってしまう部分があります。
介護職は、上辺だけでも奉仕の精神を出せる人で、理不尽なグレーの部分を「しょうがない」とスルーできる人で、理想論や美学を飲み込める人でないと務まらないのかなというのが結論でした。(汚物処理、徘徊、暴力、暴言、メンタルケア等々というのは”当然クリアしないといけない内容”で、それに対する薄給にも文句がない人も適正があるかなと思います)
この記事を見た人、、、特に介護師の人が見たら、嫌悪感を示すでしょう。「適正がある人意外は介護に就かないで」という意見をネットでもチラホラ見ましたが、適正がある人自体少ないのに、そんな排他的思考でこれからどうしていくんだろうという疑問。そうやって介護の働き手が居なくなって、どうやって質の良い介護福祉サービスを提供するのか聞いてみたいです。まして、それで大変な思いするのは何より介護福祉サービスを利用しようとしている人じゃないですか?自分の仕事に誇りを持つのは結構ですが、結果利用者が良いサービスを受けられないなら、介護師視点の自己満足でしょうそれ。
私には無理でした。たまたま自分が勤めていたところがそういうところだったのかは分かりませんが、自分がなんらかの障害を持って介護にお世話になる前に、あの世に行きたいなーと思いますね。安楽死(尊厳死)が認められる世の中になりますように。