天皇の血を継ぐ方 | 実験小屋

実験小屋

仕事で…と作ったが、色々と有効利用しよう。

(畏れ多くも)天皇の子孫の方について。

日本だと皇籍離脱してしまうが、イギリスは女子にも王位継承権が認められている(2011年以前生まれだと男子優先、以降は長子優先)。といったような考えて、つらつらと書いてみようかなと。

イギリスの継承者は、ジェームズ1世の子・エリザベス・スチュアートの子、ゾフィーの子孫、とされている。ゾフィーさんは1630年に生まれ、1658年に結婚し、1660年にジョージ1世を生んだ。

見づらくなるので敬称略。()内の人数について、孫以降は、即位した天皇の子孫を除いていく。

名前の色は、子、孫、ひ孫、玄孫、と変える。

 

 

今上陛下の子孫 (7 子3、孫4)

・皇太子・徳仁親王 (小和田)雅子妃との子に、愛子内親王

・秋篠宮文仁親王 (川嶋)紀子妃との子に、眞子内親王、佳子内親王、悠仁親王

・(黒田)清子内親王 お子様はいらっしゃらない

 

美智子皇后は兄、弟、妹がおり、それぞれ2子を持つので、徳仁殿下の母方のいとこは6人。

雅子妃殿下には妹が2人あり(双子)、そのうちの次女に2子ありとのこと(愛子殿下のいとこ)

紀子妃殿下には弟があり、娘さんがいるとのこと(悠仁殿下のいとこ)

 

 

昭和天皇の子孫(22 子7、孫6、ひ孫5+?、玄孫4+?)

・(東久邇宮)成子内親王 5子あり。

 信彦王  長男征彦氏。その男子あり? 信彦の弟「真彦」氏は誤記? 

 文子女王 大村和敏夫人、ついで高木代々吉夫人。子の有無は分からず。

 秀彦王  壬生家の養子として、壬生基博となる。基成、基敦の2子あり、それぞれに男子あり?

 真彦王  2子(照彦、睦彦)。照彦氏に男子あり?

 優子女王 東作興夫人。子の有無は分からず。

 「男子あり」が玄孫にあたる。

・祐子内親王 6カ月で薨去された

・(鷹司)和子内親王 子はなく、鷹司家は養子を迎えた

・(池田)厚子内親王 子はない

・明仁親王 天皇として即位された

・常陸宮正仁親王 (津軽)華子妃との間に子はない

・(島津)貴子内親王 子に、禎久氏。氏と、カナダ出身夫人との子の有無は分からず。

 

徳仁殿下は、父方のおじ・おばが6人、父方のいとこが6人(東久邇5、島津1)。愛子殿下、悠仁殿下ははとこが5人(東久邇)。

久邇宮良子皇后は6人兄妹。明仁陛下は、母方のいとこが20人いる。

東久邇家としては、死別後の2人の子がいる。

 

 

大正天皇の子孫(18 子4、孫5、ひ孫9、玄孫5?)

・裕仁親王 天皇として即位された

・秩父宮雍人親王 (松平)勢津子妃との間に子はない

・高松宮宣仁親王 (徳川)喜久子妃との間に子はない

・三笠宮崇仁親王 (高木)百合子妃との間に5子。

 (近衛)庸子内親王 の子に忠大氏。氏に4子(母は久邇家出身。彼らは曾祖父が香淳皇后の兄)

 {三笠宮}寛仁親王 (麻生)信子妃との間に、彬子女王、瑤子女王 の2子

 桂宮宜仁親王 は未婚

 (千)容子内親王 の子に菊池明史氏、万紀子氏、敬史氏

 高円宮憲仁親王 (鳥取)久子妃との間に、承子女王、(千家)典子女王、(守谷)絢子女王 の3子。綾子女王に男子あり

 

明仁陛下は父方のいとこが5人、徳仁殿下は、父方のはとこが9人(青字)。

九条節子皇后は8人兄弟(昭和天皇のおじ・おば)。

 

 

明治天皇の子孫(52 子5、孫14、ひ孫33)

5男10女、15人の子がいたが、成人したのは男1、女4人のみ

・嘉仁親王 天皇として即位された

・(竹田宮)昌子内親王 

 恒徳王、(佐野)禮子女王の2子あり。

 恒徳に恒正、(佐藤?)素子、(渡辺?)紀子、常治、恒和の5子。禮子に常行、常武、(斎藤)明子、常具の4子。  

・(北白川宮)房子内親王 

 永久王、(立花)美年子女王、(東園)佐和子女王、(徳川)多恵子女王の4子あり。

 永久に道久、(島津)肇子の2子。美年子に(広瀬)美和子、種則、勝秀の3子。佐和子に基政、(岩瀬)陽子、基宏、基治の4子。多恵子は若くして亡くなり、子はいない?

・(朝香宮)允子内親王 

 (鍋島)紀久子女王、孚彦王、音羽正彦王、(大給)湛子女王の4子。

 紀久子に直要の1子? 孚彦に(南部→鈴木)冨久子、誠彦、美乃子の3子。正彦に子はなし。湛子に乗龍、(佐竹)孝、(久保)悟の3子。
・(東久邇宮)聡子内親王 

 盛厚王、師正王、栗田彰常王、多羅間俊彦王の4子。

 盛厚は、昭和天皇長女・成子の夫で、上記の通り5子。師正は幼少時に死去。彰常に、彰彦、常一の2子。俊彦に稔彦の1子。

玄孫もいる。

 

 

孝明天皇

男子2、女子4がいたが、成人したのは明治帝のみ。他の兄弟姉妹は3歳も迎えていない。

 

仁孝天皇

男子5、女子8がいたが、成人したのは(桂宮)淑子内親王、孝明天皇、親子内親王(和宮)の3人のみ。2人の内親王に子はないので、子孫として続いたのは孝明天皇系のみ。

 

光格天皇

祖父の兄の系統が絶えたので、急遽登板。男子8、女子9がいたが、成人したのは仁孝天皇のみ。(寺に入った蓁子内親王は、18歳まで生きている)。

 

閑院宮典仁親王

光格天皇父。天皇の孫。男子10、女子2のうち、天皇(六男)以外の成人男子5人、女子1人は僧になってしまった。

長男の美仁親王は閑院宮を継ぎ、その娘は有栖川宮家、田安徳川家に嫁いだが、美仁親王の子孫は断絶してしまっている。

 

閑院宮直仁親王

典仁父。東山天皇の子。4男8女あり、僧にならず子を残したのは典仁、倫子(徳川家治正室。2子は夭折)、鷹司輔平(鷹司ではなく菊亭に血がつながる)の3人。

 

東山天皇

霊元天皇の子、直仁父。5男、中御門天皇の系統は5代で絶えてしまったので、6男閑院宮直仁の系統が流れを伝えている。

兄弟は、有栖川宮、常盤井宮、京極宮になるなどした。

 

こんなもんか。