赤ちゃん連れの家族を見ると、胸がキュッと締め付けられるような感じがしていた私。
「本当なら、今頃、こんな家族だったかなぁ」と想像して、心がチクチク痛んでいます。
でも、私の本当は「伊織がいない今」だという現実…。
最近、そんな思いと一緒に湧いてくる気持ちがあります。
それは「来年の今頃には私たち家族もああなっているんだなぁ」という憧れにも似た感情です。
そうはいっても、まだ流産の可能性だって否定できませんが…。
これら2つの気持ちを持ち合わせて今後しばらく過ごしていくことになるのでしょう。
早くも情緒不安定になりそうですw
話は変わりますが…
職場でのこと。
何事もなかったように接してくれる保護者の方々もいますが、そうでなくて、変に気を遣う保護者の方もいます。
その方のお友達が私と同じように誕生死を経験して、それでひどく悩み苦しんでいた姿とどうやら私が重なるそうです。
気を遣わざるを得なくなってしまうのは分かるんですが、私は公私混同しない性格なので、こういうふうに気を遣っていただいてしまうと非常にやりにくいというか、なんというか…。
まぁ、こればかりは仕方ないですね。
誕生死を経験して私は人生設計を変えました。
それと同じように障害のあるお子さんをもつ保護者の方も人生設計を変えざるを得なかったことだと察します。
そう、かなり大幅に…。
お互い、自身の正直な思いというか考えというか希望というか、そういうものが一気に消えて「こんなはずではなかった」という気持ちを何度も持ったと思いますし、これからも持ち続けることになるでしょう。
しかし、その「こんななずでは…」を何度も乗り越えたり潜り抜けたりすることで、新しい自分になれるようなそんな気がします。
ネガティヴから始まったってよいと思います。
それがいつかポジティヴになる可能性をいくらでも秘めているのですから…。