妊娠中、私はおなかの中にいる伊織にたくさんの言葉をかけていました。
とくに言っていたのが以下のことです。
「自分らしさを大事にしてね。自分のペースでいいんだよ。」
「頭と足の場所が逆だよ。こっちが頭で、こっちが足だよ。」
「いーちゃん、一緒に寝ようね。」
「障害があってもなくても大丈夫。安心して生まれてきてね。パパとママが必ず守ってあげるよ。」
「伊織がつらくても、パパとママは伊織の味方だから大丈夫だよ。」
今までの流産などや、私の職業からの考え方もあったのか、私たち夫婦はお互い、口に出さなかったものの伊織は何か「障害」を背負って生まれてくるだろうと自然に考えていました。
だから、伊織がおなかの中にいる時からずっと「五体満足」かどうかを気にしていました。
伊織が生まれたとき、主人がすぐに確認したのは「五体満足で生まれてきた」ということでした。
そして、伊織の身体を確認した主人はホッとしていました。
私は伊織が生まれたということだけでうれしかったんです。
伊織が生まれた日の夜、主人とそのことについて話しました。
私は「分からないよ~。知的な障害って3歳ごろから分かってくるしね。でも、それでも(障害があっても)いいの。」と言っていました。
伊織が自分らしく生きることができればそれでよいということが私の本心でした。
結局、伊織は大きな心臓の病気を抱えていたことが後日分かりました。
今考えれば、伊織は私たちを信じて、安心して生まれてきたんだろうと思います。
生まれた次の日、伊織はずっと静かに眠っていました。
看護師さんも助産師さんも「生まれてきた疲れが出てるのよ」と言っていました。
伊織の寝顔は、とても安心している顔をしていました。
伊織が安心して生まれそして生きていたことは、紛れもない事実だと思います。
わずかな時間でしたが、親になることができて心からよかったと思います。
伊織と神様に感謝しなくてはいけませんね。